藤四郎のひつまぶし

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SEED DESTINYが成し得なかった、前作主人公の打倒という偉業は達成されるか?


主人公に初期から倒すべきライバルがいるというのは、
主人公の動機付けとして、とてもわかりやすく、今も昔も用いられる設定の一つだ。
あしたのジョー矢吹丈に対する力石徹
ナルトのうずまきナルトに対するうちはサスケ
バクマン。の亜城木夢叶コンビに対する新妻エイジ
強大なライバルに対し、全力で追いつこう、追い越そうとする主人公の姿。
その姿に視聴者は惹きつけられていくことになる。

ではその倒すべきライバルが前作の主人公だったら?
それも4クール1年という長い期間付き合ってきた作品の主人公だったら?
はたして視聴者は、新しい主人公に魅力を感じることができるのだろうか?

機動戦士ガンダムSEED DESTINYのヒットと主人公シン・アスカの敗北

機動戦士ガンダムSEED DESTINYは、大ヒットした前作SEEDの続編だ。しかしヒット作の続編でありながら、前作主人公、キラ・ヤマトを主人公とはしていない。それどころかキラを憎む少年、シン・アスカを主人公として登場させる意欲作だった。そんなチャレンジャブルな設定でありながらも本作は大ヒット、前作と同じか、それを超えるほどのヒット作となった。
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だが、シン・アスカの物語としての機動戦士ガンダムSEED DESTINYは、苦い結末を迎えたと言っていいだろう。

シン・アスカは前作でオーブを巡る戦火で家族を失い、本作では頼りになる先輩ハイネ、戦場で通じ合った少女ステラを失った。
それらは殺さずを己に科したキラ・ヤマトが引き起こした事態とも言えた。
そのキラ・ヤマトに対し、シンは殺さずを逆手にとりフリーダムを撃破、一矢報いることができた。

しかしその後物語は、DESTINYプランをめぐり、シンの所属するザフトデュランダル派がラクス、キラ、アスランが率いるクライン派・オーブ連合に敗北するという結末を迎える。シンの復讐は完結したとは言いがたかった。
最終回の健在なストライクフリーダムと、打ち捨てられたデスティニーの姿を見ると、シンが主人公という立場を剥奪され、キラ・ヤマトが主人公に返り咲いたという意見を否定することは難しい。

なぜシン・アスカは敗れることになったのだろう?
それには大きく二つの要因があると思われる。

作品テーマに沿わない行動原理

機動戦士ガンダムSEEDでは人の憎しみや相手への無理解、復讐の連鎖が描かれた。主人公のキラ・ヤマトと親友のアスラン・ザラはお互いの友人を戦場で殺め、復讐の世界に足を踏み入れ、その虚しさを知ることになる。
そして物語終盤、ラクスを中心としたクライン派として、コーディネーターの殲滅を目論むブルーコスモス、ナチュラルの犠牲を厭わないパトリック・ザラ、人類の滅びを求めるラウ・ル・クルーゼと対峙し、撃破。憎しみや復讐の連鎖を止めるという形で作品の終わりを迎えた。

では機動戦士ガンダムSEED DESTINYではどうだったか?この作品のテーマは、序盤の惑星落としの阻止や、デストロイガンダム、レクイエムの破壊などを見るに、おそらく憎しみや復讐の連鎖を止めるという、前作のテーマを踏襲している。
となれば復讐は肯定という形ではなく、否定の形にならざるを得なかった。シン・アスカが主人公として作品を終えるには、キラを撃破した時に、復讐とはなんなのかを考える必要があったのではないだろうか。
この悩む役割は、シンではなく、アスランに任されることになった。
シリーズ序盤から悩みつづけたアスランが、シンへ力強い言葉を発したのは最終回のラストだった。
シンが仲間であり、最後までついてきてくれたルナマリアを撃破しそうになるという、明確な過ちを犯そうとする直前、アスランはシンに激昂した。シンは撃破され、否定されることになった。
しかしその時、すでにシンが立ち直る時間は残されていなかった。

作品テーマに沿わない行動原理を持っており、それが最後まで修正されることがなかった。
これがシン・アスカが敗北した要因の一つではないだろうか。

前作主人公と差別化ができていなかったキャラ設定

シン・アスカは復讐に燃える男だった。だが復讐は、キラ・ヤマトが前作において、親友のトールを失った後の、アスランと壮絶な戦いで乗り越えた道でもあった。シンの家族を失って孤独であるという部分も、キラがスーパーコーディネイターとして生まれた、一種孤独な存在である部分によって、大きな差別化ができたわけではなかった。
であるならば、視聴者にとって、1年間視点を共有してきたキラ・ヤマトと、新しく登場したシン・アスカ、馴染みやすいのは前者だったのではないか。そしてそれは制作陣にとっても同じことが言えたのではないだろうか。

これら二つの要因によって、シン・アスカは前作の主人公キラ・ヤマトを本当に倒すことができず、敗北することになってしまったのではないかと私は推測する。

前作主人公の打倒を目指す、もう一つのストーリー

前作主人公を新主人公が打倒する。
ガンダムという作品でも成し得なかった難しい題材に、挑戦するアニメがある。

それはプリティーリズム・ディアマイフューチャーという作品だ。
本作主人公の上葉みあは、前作プリティーリズム・オーロラドリームの主人公、春音あいら打倒を公言している。
彼女について触れる前に、プリティーリズム・オーロラドリームに触れておく必要があるだろう。

ドジな女の子のシンデレラストーリー、プリティーリズム・オーロラドリーム

プリティーリズムオーロラドリームは普通のオシャレに興味があるちょっとドジな女の子、春音あいらが、ひょんなことでスケートとダンスとファッションショーを組み合わせた競技、プリズムショーにデビュー、プリズムスターと呼ばれるタレントとして活躍する話だ。そして物語は春音あいらがプリズムクイーンとなって完結する。

登場人物には、親友であり、ライバルでもある高峰みおんと天宮りずむ、そしてりずむの母でプリズムスターだったそなた、そなたの親友でライバル、作中時間ではあいらたちの所属事務所の社長、阿世知今日子、さらに今日子の弟のJUNさんたちがいる。
彼女たちの人間模様と、競技者の人生すら狂わせてしまったオーロラライジングという最高難易度のジャンプを巡っての濃密なドラマが本作の大きな魅力の一つだった。そしてそれだけならば作品の空気が重くなってしまいそうなところを、毎回炸裂するカラフルできらびやかな演出のプリズムジャンプによって、一挙にポップで希望溢れるものに仕上げてしまうという、演出の素晴らしさも多くの視聴者を魅了した話題のアニメでもあった。

先日2012年3月をもって放送は終了し、特に最終回の一つ前の50話、プリズムクイーンカップ決勝戦のあいらのジャンプは、多くの視聴者を感動の涙と心の底からの笑顔でいっぱいにさせてくれた。

この大好評のうちに幕を閉じたプリティーリズム・オーロラドリーム、2012年4月より、早速続編のプリティーリズム・ディアマイフューチャーが放送されることとなった。

未来の私がいっちば〜ん!上葉みあ、大胆で怖いものしらずの大挑戦

続編のディアマイフューチャーの主人公は上葉みあ。プリズムショーをしたこともないのに、打倒春音あいらを公言し、プリズムショーの舞台に乱入してくるというハチャメチャな主人公だ。

その怖いもの知らずの言動に、みあを止めようとしていたプリズムスターの見習い、プリズムメイツたちもいつの間にか巻き込まれ、いくつかの段階を飛び越えてプリズムショーに挑戦していくことになる。

そんな上葉みあは自分の掲げる春音あいらの打倒を達成できるだろうか?
私はその可能性は十分あると考える。その根拠は二つある。

「だれかのために」から「わたしのために」作品のテーマの違い

前作オーロラドリームは、「変わること」と「だれかのために」がテーマだったと思われる。プリズムショーで毎回きらびやかな衣装に変身するという演出も「変わること」であり、プリズムショー自体が、「観客のために」行われる。

またいくつかの特徴的なエピソードもある。

第28話『頑固親父にはちみつキッス』は、秋葉原で本格インドカレーの味を守る店主と、高峰みおんの物語だった。インド人技術者のための味を40年間守り続け、変わるぐらいなら店を締めるといっていた頑固親父に、メイド服を着ることを拒否していた高峰みおんが、「誰のため」の店なのか、「誰のため」の衣装なのかを改めて問い直し、「変わること」を決心するエピソードだった。

第41話『ピュアプレミアムウェディングの願い』では、厳しい社長としてあいらたちに接してきた阿世知社長が、過去の自分の行動のが引き起こした悲劇と後悔の念を涙ながらにあいらに吐露した。そして私のためにオーロラライジングを跳んで、という阿世知社長を、あいらが笑顔で抱きしめ、ステージに向かうという展開を見せた。社長の悲痛さをあいらが優しく温かく受け止め、「社長のために」跳ぶというエピソードだった。

ではディアマイフューチャーのテーマは何か?まだ2話の段階だが、みあの特徴的なセリフから読み取れるものがある。

「社長は未来からきた未来人?」
「えっ?違うけど」
「じゃあ社長にはわかんないね」
「はぁ?」
「プリズムスターになれるかもしれないし、春音あいらに勝つかも知れない。私の未来がどうなるかなんて、誰にもわかんない!」

T-ARTS/syn Sophia/テレビ東京/PRD製作委員会『プリティーリズム・ディアマイフューチャー』 第1話

ディアマイフューチャー。親愛なる「私の」「未来」。
このテーマは「変わること」とは少し違い、「だれかのために」とは方向性を異にするものだ。

とくに前作の主人公、春音あいらは「だれかのために」を体現したかのような存在だった。
阿世知社長の元で働くJUNさんに才能を見出され、自分の意志と言うよりは、他の人に導かれてプリズムスターになった。
そしてプリズムクイーンカップでも登場人物の願いをかなえるジャンプで、みんなを幸せにしていた。
このあいらの姿勢は、とても感動的なものだった。

そして同時に私は一つの感想も持っていた。
あいらがいい子すぎはしないだろうか?
子どもはもっと自分中心でもいいんじゃないか?

上葉みあはこの疑問を具現化したかのような存在だった。

この「だれかのために」跳ぶ、あいらに、「私のために」跳ぶ、みあが挑戦する。
前作のテーマの繰り返しではない、新たなテーマでぶつかっていく。
この作品は、「未来がどうなるかなんて、誰にもわかんない!」

前向き、大げさ、ハイテンション。登場人物も視聴者も引っ掻き回す、みあのキャラクター

前作オーロラドリームは、1年を通して放送されてきた。ゲームやマンガ、トイにアパレルとメディアミックスが目白押しのビックプロジェクトでありながら、放送開始当初はお世辞にも制作が順調だったとは言いがたかった。
菱田正和監督が語るアニメ『プリティーリズム オーロラドリーム』の軌跡 - Togetter
そのクオリティは結果的にあいらのドジっ子キャラや、不慣れなプリズムショーという雰囲気をいい具合に醸し出すこととなる。
また特徴的な演出なのか作画の節約の苦肉の策か、モブキャラを全員一色に塗りつぶしシルエットのみにしてしまう手法は、狙い通りなのか幸運なのか、視聴者が主要登場人物にだけ注目することを容易にしてくれた。

ストーリー的にも制作状況的にも、はたして大丈夫なのか?と心配になる序盤から、中盤、終盤に向かうに連れて、ストーリーは濃密さを増し、演出はドンドンと切れ味を増した。キャラクターへの気持ちは、転ばないように頑張れと子どもを見るような気持ちから、オーロラライジングを跳ぶプロの競技者を見る気持ちへと変化した。
視聴者は春音あいらに自分を重ね、あんなふうになりたい、と思いながらシリーズを終えることになる。

そこにディアマイフューチャーの上葉みあは、視聴者に親近感を与えるのではなく、視聴者を引っ張っていくというキャラクターで殴り込みをかけてきた。
前作主役の三人組のステージにいきなり乗り込み、阿世知社長にプリズムスターとしてデビューさせるよう直談判。勢いと前向きさで自分の可能性を切り開いていった。
前作の天宮りずむも前向きで引っ掻き回す性格ではあったが、りずむは真面目さも持ち合わせ、思いつめるような部分もある女の子だった。
しかしみあは前向き、大げさ、ハイテンションの一点突破。さらに他のキャラを押しのけるように画面に映り続け引っ掻き回し、これでもかと視聴者に自分を印象づけた。

おとなしいあいらとは真逆で、視聴者に強烈に自分を印象付け、視聴者を無理矢理自分のペースに引っ張り込む力強さ。みあのキャラクターは、あいらの一年の積み重ねに対抗する、最善の方法の一つといえるだろう。

一番の難関は視聴者の気持ち?

以上が私が上葉みあが春音あいらを倒す可能性があると考える理由だ。
だが、可能性は可能性でしかない。
上葉みあが春音あいらを超えるための、一番の難関はおそらく視聴者の気持ちだろう。

1話ラスト、JUNさんはみあ達に向けてこうつぶやいた。

「この少女たちならたどり着けるかもしれない、プリズムアクトのその先に」
T-ARTS/syn Sophia/テレビ東京/PRD製作委員会『プリティーリズム・ディアマイフューチャー』 第1話

このセリフを聞いた私は思った。なぜ春音あいらではなく、この少女たちに未来を託すのかと。
この私が抱いた気持ちは、やはりあいらへの感情移入が未だ強いことを示している。

視聴者がみんな私と同じ気持ちを抱いたかはわからないが、この気持ちが変わらなければ、たとえストーリー上みあがあいらにプリズムショーで勝ったとしても、本当の意味で勝ったとはいえないだろう。
みあにならあいらが負けてもしょうがない、あるいは、みあにあいらに勝って欲しい!そこまで視聴者の気持ちを変えていけるだろうか。

大人気の前作主人公に新登場の新作主人公が打ち勝つ。
この最も困難で最もエキサイティングな偉業の一つを、プリティーリズムディアマイフューチャーが成し遂げることを心待ちにしながら、私は1年間この作品とつきあっていきたいと思う。