藤四郎のひつまぶし

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日経新聞さんは、なかなかのタヌキのようだ

先日のロンドンオリンピック、サッカー女子1次リーグなでしこジャパンの最終戦は、引き分けという結果だった。
私は観戦していなかったが、関連する記事や監督インタビューを見るに、引き分け狙いは明白だったのだろう。

なでしこ:面白かった、あからさまな「引き分け狙い」 : コラム | J SPORTS

引き分け狙いの理由は、大会日程の厳しさと試合会場の移動だという。

次の準備も考えて、相手はどこでもいいのですが、ここ(カーディフ)に残ることがベストだと考えました。グラスゴーに行くとなると、ヒースロー空港に戻ったり、8時間くらいかかってしまいますので。
佐々木監督「引き分け狙いという辛い指示になった」=南アフリカ女子戦後会見(スポーツナビ) - ロンドンオリンピック Yahoo!スポーツ×スポーツナビ

その引き分け狙いに対して、日経新聞さんのコラムは辛辣だ
引き分け狙い…なでしこ、フェアプレー精神はどこへ  :日本経済新聞

前述の J SPORTSと日経のはてなブックマークコメントにざっと目を通すと、大まかな傾向として前者は記事に理解を寄せるコメント、後者は記事に否定的な立場のコメントが多いように感じた。
それをもとに、ああ、やはり日経新聞は経済以外については不得手なんだな、と終わらせることもできる。
しかし考えを巡らせれば、この戦略は日経新聞のポジションからすれば合理的にも思える。それどころか他のスポーツ紙の死角を突いた、優れた戦略の一つとすら言えるかもしれない。

経済紙の巨人としての日経新聞とスポーツ紙のチャレンジャーとしての日経新聞

日経新聞はその名前からも分かる通り、日本の経済の話題を中心とした新聞だ。社会人ならば日経を読め、などと言われることは多いし、実際私も新入社員研修などで言われたことがある。

だが経済分野に強い新聞が、スポーツ分野にも強いとは限らない。日経新聞のスポーツ欄面白いよね、などとはなかなか聞かないだろう。
それは日経新聞のウェブサイトにも現れているようで、スポーツの記事は速報、ビジネスリーダー、マネー、テクノロジー、ライフとならんだ最後のカテゴリにある。
8/1時点では、トップからのリンクでロンドン五輪よりも民主分裂の方が左に来ていたりしている。
日本経済新聞

このような、自社が支配的な力を持っていない分野ではどのような振る舞いをすべきだろうか?

ハンバーガー業界の話をしよう。
マクドナルドとモスバーガーの競争戦略の違いは有名だ。

最大公約数の顧客に対して、アクセスしやすい店舗で安い商品を提供する業界のリーダー、マクドナルドに対し、モスバーガーは店舗が駅から遠くなり、値段が高くなっても健康志向・味を重視する顧客をターゲットにしている。
モスバーガーは多くの顧客に支持される業界トップに対して、ターゲティングした顧客の手堅い指示を集めることで、独自の地位を確立しているのだ。
同様の関係はトヨタに対するホンダ、Windowsに対するMacなどにも見て取れる。

スポーツ好きは専門のスポーツ紙を読むことが多く、日経のスポーツ欄をわざわざ読みに来る人は少ないだろう。日経が他のスポーツ紙と同じような内容を書いていては、その状態は打破できず、無数にあるその他の新聞の一つになってしまう。
他のスポーツ紙とは違う視点の記事を書くことで、トップは難しくとも独自の地位を狙う戦略を日経がとることには十分合理性がある。

しがらみのなさという強み

今回の日経の記事については他のスポーツ紙が同様の記事を書けない理由がある。それは既存の関係、悪く言えばしがらみのためだ。

今度は携帯音楽プレーヤー業界の話をしよう。
この業界のトップには長らくソニーウォークマンが君臨していたが、そこに挑戦してきたのがアップルのiPodである。
この時ソニーは独自圧縮型式のATRACにこだわり、MP3型式に対応が遅れた。
これがiPodに敗れ、その後のトップ交代、そして今日のiPhoneiPadの成功を基礎を築いた一因とも言われている。
MP3型式への対応の遅れは、ソニーが傘下にレコード会社を所有していたことに原因の一端があると言われている。
つまりレコード会社の収益を圧迫していると目される、違法コピーに使われる型式、MP3を認めることができなかったからだと。
だが実際はMP3に対応したiPodが使いやすさで支持された。

このように既存の関係によって、取れる戦略が制限されてしまうことがあるのだ。

さて、先ほどスポーツ好きはスポーツ紙を読むだろう、と述べた。もしそうであれば、スポーツ紙は読みに来てくれるスポーツ好きを逆なでするような記事は書けるだろうか?
日経新聞はそこをついたとは考えられないか?
総合結果を重視する人、あるいは大会日程などの事情をよく知っている人を切り捨て、スポーツには毎試合全力で戦って欲しいという思いを持つ人を顧客と定めるのだ。このような戦略は、スポーツをよく知る人を顧客と定めるスポーツ紙にはできない。
この優位であるはずの相手の弱点をつき、差別化を果たす戦略を意図的にとったとすれば、前述の事象をつぶらに観察してきた経済紙に相応しい行動ともいえる。

ネット対応と炎上

今回の日経の記事には、サッカーファンやオリンピックでの好成績を望む層からはかなり手厳しい意見が多く思える。しかしこれの層はもともと日経のスポーツ欄を読む層ではないとも考えられる。このような記事があってもなくても、日経を読まないことは変わりないのであれば、SNSやブログなどでこの記事を拡散し、ターゲットとした顧客に記事を届ける存在として活躍してもらうことも戦略の一つということはできる。

このような炎上とその後の注目の増加は、意図的かそうでないかにかかわらず、これまで何度も見ることができた。度々Twitterなどをにぎわす虚構新聞なども当てはまるかもしれない。

しかし多数派を刺激し、少数派に届けるという手法が多く採用されるようになれば、ネットには多くの人が顔をしかめてしまう記事ばかりになってしまうことも考えられる。

特に日経新聞は、スポーツについては他紙に遅れをとるかもしれないが、経済については国内ではほぼ盤石なトップといえる地位を占めている。意図的に炎上したとすれば、明らかにフェアプレーの精神に反している。

少なくとも、この記事の日経のフェアプレーポイントは大幅に”減点”されたに違いない。悪くすれば、ライターの大住良之さんの今後の仕事になんらかの悪影響があるかもしれない。

そして私自身は、たとえ部数で勝とうと、そしてたとえ金づるを掴もうと、この南アフリカ戦でのなでしこジャパンの記事をずっと記憶にとどめ続けるだろう。

眠い目をこすりながらディスプレイの前で記事を見守った少年少女たちを含めた日本中の人々を不快にさせた事実は、けっして無視できない。