藤四郎のひつまぶし

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作品内リアリティの理解〜武装神姫と中二病でも恋がしたいを俎上に〜

10月放送開始アニメで、二つほど「えっ?」となってしまった作品があった。
ひとつは中二病でも恋がしたい!、もう一つは武装神姫
その理由は私がこの二作品の作品内のリアリティを上手く理解できなかったからだ。

作品内のリアリティについては既に体系化された議論があるかもしれないが、ここでは自分なりの言葉でまとめておきたいと思う。

世界設定に関する作品内リアリティ

映像作品の世界設定というのは多種多様だ。
舞台は中世ヨーロッパであったり、遠い未来の宇宙空間であったり、現代日本だったりする。
その時代によって蒸気機関や活版印刷のない生活であったり、逆に光速を越えて移動ができたりもする。
あるいは魔法や異能の力のような、私達の住む世界の物理法則が通用しない世界であったりもする。
視聴者はそのような多種多様の世界設定をどのように理解するのであろうか?

おそらく多数の視聴者は、特に情報が無ければ現代日本の技術体系、社会制度を基準にするのではないか。
そこに登場キャラや服装や行動、街並みや各種道具、あるいはナレーションや登場人物の説明などで想定した時代、技術体系、社会制度などに修正を入れていくはずだ。

例えばFate/Zeroはキャラの服装や建築物、その他の道具などから現代、あるいはそれより少し過去の地球が舞台となっていると想像できる。
さらに魔術師が存在し、一部の人間は魔術を使える、といった情報も視聴者に提示されていく。
携帯レーザー銃のような武器は(同じようなことが魔術では可能かもしれないが)出てこないだろうと想像し、実際出てこない。

モーレツ宇宙海賊であれば、銀河系とは違う銀河の、宇宙航行が特別なものではない世界だとアバンタイトルでわかる。
であれば科学技術は現代より進んでいると視聴者は想像し、実際作中にそのような機器が数多く登場する。
このとき特に説明がされていないため、人間の能力自体は現代人とあまり変わらないだろうとも想像するはずだ。
魔法のようなものは使わないだろうし、生身で宇宙船と戦ったりはしないだろうと視聴者は想像する。

この世界設定に関する作品内リアリティが上手く理解できなかったのが武装神姫だった。
タイトルにもなっている武装神姫という個体は、小型で知性を備え、自律的に行動するロボットのようなものだ。
そのようなものは現代の技術では作成は困難、あるいは不可能だ。
また瞬間的に周囲にバトルフィールドと呼ばれる空間が展開され、それを違和感なく人々が受け入れているところなどを見るに、未来の技術が使われており、それが日常のものとして扱われていることがわかる。

さて、こちらを見て欲しい。
*1
彼女は武装神姫なのだが、肩に注目して欲しい。関節部分がフィギュアの可動部のようになっているのだ。

私にとってはまずこの肩の見た目が引っかかる。
小型で知性を備え、自律的に行動させる技術力をもちながら、可動部は現代のフィギュアと同等の技術力にとどまっているように見える。
果たしてどのような技術の進化のしかたをすればこのような事態が引き起こされたのだろうか?

さらに話が進むとこのような場面に出くわす。
*2
肩の可動部が可動範囲関係なく、あたかも人間の肩のように動いていないだろうか…?

もう一つ。
*3
この場面の腰まわりの動きを見るに、彼女たちは可動フィギュアのような関節にせずとも、ほぼ人間と同じように動けるのではないかとの疑念もよぎる。

そもそもその前の場面でもそうだったが、彼女たちの顔は人間と大差無い豊かな表情を見せてくれているように思える。
であれば彼女たちの肩などは、なぜあのように可動フィギュアのようになっているのだろうか?

と、このように、作中から想定した技術レベル、武装神姫の造形、そして動作に一貫性がないように思え、作品内リアリティの理解を阻害するのだ。

表現方法に関する作品内リアリティ

アニメ、マンガの表現の一つに、デフォルメ、強調や省略を使った表現がある。
ハンマーで殴られて頭と同じくらいのたんこぶができる、大怪我をしたキャラにギブスをさせ、松葉杖、点滴を持たせて登場させる、それまで普通の頭身だったキャラが急に二頭身のキャラになる、などだ。
これらのデフォルメは時に前述の世界設定、特に技術体系、物理法則などを無視することがある。
そのような表現は世界設定を破綻させる可能性があるがために、主にギャグやコメディの場面、ストーリーに影響を与えない場面で用いられる場合が多く、シリアスな場面、ストーリーを大きく動かす場面ではあまり用いられない印象がある。

さて、中二病でも恋がしたい!だ。
この作品は現代日本を舞台にした魔法や超能力のない(であろう)普通の高校生たちの物語だ。

こちらを見て欲しい。
*4
電車のドアが開く場面だ。
なぜか煙が出ている。

もう一つ見てほしい。
*5
ヒロインの六花のボケに主人公冨樫裕太がオーバーリアクションでつっこむ場面だ。
保健室を跳ねまわる裕太の動きは人を逸脱しており、その動きによって保健室の棚は倒れ、中の医療品は散乱することになる。

本作のコメディは主要な要素といってもいいはずではある。そう考えればまぁこの表現もありといえなくもない。

しかしこの作品にはコメディよりももっと大事な要素がある。
それは中二病
作中では存在しない魔法を使ったり、悪の組織といった設定を持ちだしてきたりすることを中二病の症例として扱っている。
であれば、作中の物理法則をねじ曲げるような表現は、中二病の「空想」と作中世界の「現実」のギャップをなくしてしまい、中二病を卒業する裕太、というストーリーを無意味なものにしてしまうのではないだろうか。

以上のような思考によって、私は中二病でも恋がしたい!のリアリティというものを測りかねているのだ。

リアリティの理解しやすさと物語の面白さ

作品内でのリアリティが理解しやすければ、作品を違和感なく楽しめる。
逆に違和感を感じたままでは、作品を十二分には楽しめない。
そのためアニメ作品は作品内リアリティをしっかり煮詰めて、破綻のないものを理解しやすく視聴者に提供して欲しい

…とは別に思わない。

なぜなら武装神姫2話は違和感なんか吹き飛ばすぐらい面白かったから。
どう考えても自分を揚げるつもりで衣を身にまとっていなければありえない武装神姫の唐揚げ。
本当に武装神姫を触手で攻撃するか疑問なタコとの死闘。
なぜか食材で攻撃してくる敵を迎撃している内に出来上がっていくマスターへの料理。
リアリティとしては疑問符がつきまくりの展開にもかかわらず、私にとっては物語の面白さが抜群だったために、違和感は犬に食わせておけ状態になっていたのだ。

武装神姫は面白い。ぜひともみなさんには武装神姫を見ていただきたい。

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