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藤四郎のひつまぶし

プロの素人によるブログ

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ガールズ&パンツァーは歴史上の悲劇を繰り返さないで欲しい


ガールズアンドパンツァー8話「プラウダ戦です!」を見ていて悲しくなりました。
なぜなら大洗女子学園生徒会が日本が戦争にのめり込んでいったときのような、やらなければやられるという視野狭窄状態にあることが見て取れたからです。

戦車道という命の危険もある大会で、準決勝まで進んだ大洗女子学園は相手校プラウダ高校の包囲戦術によって危機的状況に陥り、大きな建物の中に逃げ込みました。
戦況を覆すのは難しい状況で、作戦立案を任せられた西住みほは生徒の安全を考えてプラウダ高校の降伏勧告を受け入れようとします。
ですが生徒会広報の河嶋桃はそれを認めず、徹底抗戦を主張します。
その理由はこの大会で優勝しなければ大洗女子学園がなくなるからというものでした。

8話前半で語られた生徒会のメンバーが楽しそうに学園生活を振り返る姿を見るに、生徒会の学園を守りたいという気持ちは純粋なものなのでしょう。
善意で大洗女子学園の廃校を阻止しようと考え、そのために必要と思われる戦車道への傾斜、そして強引と思える西住みほのスカウトなどの行動をしてきました。
学園を守りたいと思う気持ちが強引とも思えるここまでの行動を後押ししたのでしょう。

この姿はどこか戦前の日本を彷彿とさせます。
戦前の日本は国益を守ろうとして国際社会から孤立し、逆に他国からの資源の入手が難しくなっていきました。
その解消のために大陸、東南アジアへの進出を強め、自国を守ろうとしました。
その結果占領地は増やしたものの更に国際的に孤立を深め、各国の参戦を招き、物資が足りなくなり、国民の生活は貧窮しました。
多くの人が戦地に赴き、敵味方大きな戦死者を出しました。

ガールズアンドパンツァーの世界はまさにそれをなぞろうとしています。
学園を守ろうとする姿勢が、生徒たちの命を危険に晒すのです。

生徒会のメンバーは純粋な気持ちであるからこそ、他の大事なものを置き去りにしているのではないでしょうか。
他の大事なもの、それは戦車道を履修した、他の生徒たちです。

友情、思い出、名誉、愛、そして命。人が何をどれくらい大事にするかは人それぞれです。
それは人から強制されるべきものではありません。
廃校の可能性を生徒からひた隠し、強引に戦車道一本につきすすむ姿は一人一人の考えをないがしろにしているとのそしりを免れないでしょう。

せめて生徒たちに正確な情報を開示し、誠意をもって話し合うべきでした。
そうすれば戦車道という命の危険を犯す道以外の道もあったかもしれません。

人が自分が納得できる判断をするためには、正しい情報が必要です。
上層部の都合のいいように動かすため、都合のいい情報だけを知らせて人に判断させることはあってはならないことです。

また本当に守るべきもの、愛すべきものは国や学園のような「仕組み」や「形」ではなく、そこで生活する人々の「精神」や「理念」、あるいは「生活そのもの」なのではないでしょうか。

学園は廃校になっても、生徒会メンバーの学園生活の思い出が消えるわけではありません。
西住みほが転校してきて知った戦車道の楽しみをがなくなりもしません。
本当に愛しているものであり、守りたいと思うものならばいつまでもその心に残ります。
その気持さえ持ち続けていれば、たとえ国や学園といった形は変わっても、きっとまたみんなが集うはずです。

これは日本についても同じこと。礼儀正しく、勤勉。そして新しい技術や文化を取り込もうとする姿勢など、良い部分は昔から今に引き継がれ、これからも自然と受け継がれていき、日本という国を形作っていくはずです。

日本は過去、引き返せないところ、引き返したくないところまで国を挙げて突き進み、様々なものを失いました。多くの悲劇を体験してきました。
しかし大洗女子学園は幸運なことにまだ引き返せるところにいます。
極限状態では冷静な判断力は鈍り、さらに心の支えであっただろう考えを大きく変えるのはとても困難なことでしょう。
ですがここで判断を誤れば大洗女子学園の戦車道履修者達には悲劇的な結末が待ち構えています。

悲しい歴史を繰り返さないで欲しい。
私はそう祈るばかりです。