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藤四郎のひつまぶし

プロの素人によるブログ

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作品に真摯に向き合うこととその先

作品に真摯に向き合わないなら「まおゆう」の名を出さないで欲しい - 藤四郎のひつまぶし
こちらの記事では
「必要悪」という言葉はしばしば犠牲を強要する口実となる - 法華狼の日記
こちらの記事を取り上げさせて頂きました。
そうしましたら、取り上げた記事を書かれた法華狼さんからコメントをいただきました。
法華狼さんのスタンスがよくわかるコメントになっており、とても参考になりました。

そして私の意図を十分に伝えられていなかったこともわかりましたので、記事を改めて書かせていただきたいと思います。
まず法華狼さんから頂いたコメントを要約します。
1.法華狼さんは主人公が正しいのか懐疑的に見る一定の妥当性あるキャラクターをまおゆうに登場させてほしかった。
2.もとの法華狼さんのエントリで引いた「必要」は「現状から次の一手への移行にすら犠牲が必要で回避できないという譜面」という部分。その「譜面」が実際に作品に描かれているか否かの解釈が別れるとしても、それは別の論点。
3.『まおゆう』は、説明役がとうとうと語り、質問役が口ごもって終わる演出が多いたキャラクターの主張と作品の主張を別に読解するのが難しい。

もう一つ言及がありますが、これはまおゆうとは関係ないようなので触れません。
この記事の最後に本文を転載しておきますので、気になる方はそちら、あるいは前の記事のコメントをご確認ください。
作品に真摯に向き合わないなら「まおゆう」の名を出さないで欲しい - 藤四郎のひつまぶし

このコメントですが、私の立場からすれば1と3についてはこの記事であまり語るつもりはありません。
しかし2については見過ごせません。

法華狼さんの最初の記事をもう一度整理します。
「必要悪」という言葉はしばしば犠牲を強要する口実となる - 法華狼の日記
私が法華狼さんの記事の核心だと認識しているのはこの部分です。

そこで最終的に「必要」という単語を選択し、読者も過程にすぎないとして擁護にまわりがちだから、思想面から批判されるのではないだろうか。

ここで『「必要」という単語を選択し』た主体は、『読者も過程にすぎないとして援護にまわりがち』なもの、つまり『まおゆう』、あるいは原作者の『橙乃ままれ』先生と読み取れます。
となればこの『「必要」という単語』はまおゆうの原作に登場している『選択』された表現であるはずです。

さて、ここで法華狼さんのコメントの2を御覧ください。
「必要」は「現状から次の一手への移行にすら犠牲が必要で回避できないという譜面」から引いてきたとおっしゃっています。
そしてその『「譜面」が実際に作品に描かれているか否かの解釈が別れるとしても、それは別の論点』としています。

この『必要で回避できないという譜面が実際に作品に描かれているか否か』を『別の論点としてい』るのが納得できません。
少なくともこれは、前の記事での『「肯定派」や「批判派」の方を向いてではなく、「作品」に真摯に向き合ってやっていただきたい』という主張が伝わってのコメントとは思えない。

「必要」という単語がまおゆうの原作で使われていると読み取れる文章を書き、その「必要」という単語はまおゆうではないTwitterの発言から引いてきたものと法華狼さんは言っているように思えます。
というか私にはそのようにしか読み取れません。

自覚してか無自覚かはわからないのですが、このような読者をミスリードしてしまう表現はやめていただきたい。
私のような短気で小賢しい者は、こんな表現を使われてしまうと、法華狼さんが藁人形論法を使う人ではないかなどと思ってしまうのだから。
ストローマン - Wikipedia

もし「必要」という単語がまおゆうから引いたのではなければ、まおゆうで使われているかどうかに関係しない書き方をしていただきたい。
「原作」ではないところから引いておきながら、原作が『最終的に「必要」という単語を選択し』ているなどと読み取れる表現を使わないでいただきたい。
それが私の言う「作品に真摯に向き合うこと」であり、できれば多くの人に望むことです。

もう一つ。やや法華狼さんの気にしている部分からは離れてしまいそうな点ですが一つ。
「いずれ卒業するために必要」についてです。
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」2

222 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 20:10:40.71 id:Lbanm5QNP
魔王「戦争は争いの一形態だが、争いの全てが
 戦争ではない。もっと他の方法で腕比べをしてもいいし
 村の子供達が競って可愛い娘に花を届けるのも争いだ」

魔王「また、争いは関係の一形態だが、関係の全てが
 争いなわけではない。友好的な関係や支援関係だって
 この世にあるのは事実だ」

メイド姉「じゃぁ、なんで戦争なんか」

魔王「それはわからないが、存在するんだよ」

メイド姉「……なぜ。なぜ?」

魔王「私は、必要だからだと思う」

メイド姉「そんなものが必要だなんておかしいです」

魔王「『いずれ卒業するために必要』だと。
 逆説的だが、そう言う事象もあるのかも知れない。
 最初から大人として生を受けることが出来ないように」

メイド姉「……」

魔王「いずれにせよ、私には判らないことだらけだ」

これについて、

その場面においては、判断できないと留意しているにせよ、ひとつの有力な仮説として魔王が示していることは事実でしょう。

と法華狼さんはおっしゃっています。ではこのようにしたらどうでしょう。

問題文:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」2の222レス目における魔王とメイド姉のやりとりの説明で、最も適当なものを次の1〜5の中から選べ
1.友好的な関係や支援関係はこの世にはない
2.村の子供達が競って可愛い娘に花を届けるのも戦争だ
3.魔王はなぜ戦争が存在するのかはわからない
4.魔王は戦争が必要だと思っている
5.メイド姉は戦争が必要だと思っている

「最も適当なものを選べ」ならば私は解答を3にします。冒頭で戦争以外の争いと関係性について触れ、結論では私にはわからないことだらけだ、といっているのですから。
「魔王は戦争が必要だと思っている」は「なぜ戦争が存在するのかはわからない」魔王が消極的に導いた解釈だと私は思います。
最大限「戦争が必要」を強調するにしても、「魔王はなぜ戦争が存在するのかはわからない」と同等の扱いをしなければアンフェアだというのが私の意見です。
魔王は戦争が必要だと思っている、と主張するのも構いませんが、それならば「魔王はなぜ戦争が存在するのかわからないとも述べているが、魔王は戦争が必要とも述べている。私の解釈では魔王が戦争が必要と思っていることが大事だ」などと表現していただきたい。

以上です。

最後にお願いです。
「あなたが作品から受け取った印象」や「他の人が作品から受け取った印象」をあたかも「作品で表現されていること」のように述べないでいただきたい。
「作品」を語るときは「あなたが作品から受け取った印象」や「他の人が作品から受け取った印象」と「作品で表現されていること」を区別して述べていただきたい。
そしてその真摯な態度で、興味とやる気があったら、ぜひとも「あなたの」「作品に対する」思いを聞きたい。

ある作品のこの表現からこれを読み取った! っていう語りは、

なんの与太話してんだよwwwって笑いながら聞くもの、
そうそうわかる! って共感するもの、
なるほど、と頷くことしかできないもの、
お前本気なのか? それは違う、俺が正しい解釈教えてやるぜ! ってこっちから語りたくなるもの、
みんな大好きです。



…ごめんなさい! 嘘です!
最後のは正直大っっっ嫌いです!
だって僕が一番その作品をうまく解釈できるんだ…。

法華狼さんのコメントの1と3も、まおゆうに真摯に向き合って述べてもらったものなら、確かに、という同意も、それは違う、という反論もできると思うのです。

今は法華狼さんが作品に真摯に向き合っていない、なんて俺ルール作って俺ジャッジしてるせいで、全然受け入れられないのがホントにアレなんですけどね〜。
もっとおおらかにやればいいのに、って言われればホント返す言葉もないです。
でも頭にきちゃったんだもん!

というわけで、これが私の言う「作品に真摯に向き合うこと」の先にあるもの、まおゆうの表現を借りれば、「その丘の向こう側」にあって欲しい光景です。
長々とすみません。

以下法華狼さんから頂いたコメントです。

コメント欄でははじめまして。

>ここから考えると、エクスキューズの描写が欲しい「必要」なものは、「戦うこと」、あるいは「犠牲」あたりではないかと読み取れます。

これはエントリ本文だけでは説明不足だったかもしれません。私の意図としては、主人公が正しいのか懐疑するキャラクターを、一定の妥当性ある存在として登場させてほしかった、くらいの意味です。
もちろん物語である以上、懐疑するキャラクターが最後に負けてもかまいません。でも、読者がツッコミどころと感じそうな部分は、ちゃんと作中でツッコミさせて、きちんと敗北させてほしい。
これは御都合主義と感じさせないため、そして作品の思想へ嫌悪感を持つ人にも読者になってもらうための、作劇のテクニックです。

>この「いつか卒業するために必要」から引っ張っているものと思っていました。

エントリで引いた「必要」は、NaokiTakahashiツイートを意識したものです。
「現状から次の一手への移行にすら犠牲が必要で回避できないという譜面」が存在すると仮定し、それを前提に「彼ら」を批判しているでしょう? その「譜面」が実際に作品に描かれているか否かの解釈が別れるとしても、それはまた別の論点です。

>これ、魔王が戦争は必要だと思っている、と受け取れますか?

その場面においては、判断できないと留意しているにせよ、ひとつの有力な仮説として魔王が示していることは事実でしょう。Tin_Lionツイートも、その台詞を擁護のために引用しているようですし。
ただし私は、どちらかといえばメイド姉の応答がまずいと思います。たとえば「そんなものが必要だなんておかしいです」という台詞を、「いずれにせよ、私には判らないことだらけだ」の後に持ってくれば、かなり印象が変わるはず。魔王というキャラクターは戦争が必要という仮説を示したが、自分自身でも保留した上に、メイド姉というキャラクターが直感的におかしいと結論づけた描写になり、作品自体は魔王の台詞から距離をとっていると示せます。ここに限らず『まおゆう』は、説明役がとうとうと語り、質問役が口ごもって終わる演出が多いため、キャラクターの思想と作品の主張が別という読解が難しい。

>そして『戦争賛美ではない、なぜならその戦争は必要だったから』という理屈を目にしたとき、その擁護の仕方では思想面から批判される、と指摘することにも私は反対しません。

ちなみに私個人は、主人公が戦争を社会発展のために必要だと主張しても、それ自体はまったくかまいません。戦争が必要だという思想が事実と描かれていても、必然性があれば理解しますし、それだけで作品全体の評価をくだすことは多分しません。
それどころかブログに載せている自作WEB小説『宇宙砕氷船マスメディア』では、作中の社会が戦争で発展しているとキャラクターに結論づけさせたことがあります。
http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20080717/1216333540
他の場所で書いたWEB小説でも、話の都合で書いただけの、作中でも全肯定はしなかった主人公の台詞を、読者からベタに肯定されて困惑したことがあります(もちろん読者は自由に解釈していいのですが)。ですから『まおゆう』への批判と擁護は、あまり他人事でもないんです。

※なお、alphabateさんは後半を読んでいないらしいので、軽いネタバレになるかもしれないのですが……ほんの少しだけ。後半に少し戦争が必須な背景が補足されること、でも批判や嫌悪をかわすには不十分だろう程度、とだけ補足説明しておきます。