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藤四郎のひつまぶし

プロの素人によるブログ

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再掲:桐乃はR-18ゲームをしてはいけないか?〜俺の妹がこんなに可愛いわけがない1期3話より〜

※本記事はジャムミックス!で2010/10/20に投稿した記事を修正・追記・再編集したものです。

第一話からある程度問題になっている中学生がR-18ゲームをしていいのかという問題。
その根本にはそのようなゲームが青少年の健全な育成にふさわしくないと考えられていることがあります。

具体的にはそれは各都道府県の青少年健全育成条例などといった形で見ることができます。
俺妹の舞台である千葉県にもそのような条例があります。
千葉県青少年健全育成条例の概要/千葉県
http://www.pref.chiba.lg.jp/kenmin/kenzenikusei/jourei-gaiyou/documents/h23jyourei2.pdf*1

有害図書等の指定及び販売等の禁止)
第10条 知事は、図書等の内容の全部又は一部が前条第1項各号のいずれかに該当すると認めたときは、当該図書等を有害図書等として指定することができる。この場合において、同条第3項の規定を準用する。
2 図書等で次の各号のいずれかに該当するものは、前項の規定による指定がない場合であつても有害図書等とする。
(1) 書籍又は雑誌であつて、全裸、半裸若しくはこれらに近い状態での卑わいな姿態又は性交若しくはこれに類する性行為(以下「卑わいな姿態等」という。)を被写体とした写真又は描写した絵で規則で定めるものを掲載するページ(表紙を含む。以下この号及び次号において同じ)の数が、当該書籍又は雑誌のページの総数の5分の1以上を占めるもの
(2) 書籍又は雑誌 (前号に該当するものを除く。)であつて、卑わいな姿態等を被写体とした写真又は描写した絵で規則で定めるものを掲載するページの数が20ページ以上あるもの。ただし、当該書籍又は雑誌の内容が主として読者の好色的興味に訴えるものでないと
認められる場合における当該書籍又は雑誌を除く。
(3) 卑わいな姿態等を被写体とした写真(印刷されたものを除く。)で規則で定めるもの
(4) カード、散らしその他これらに類する印刷物であつて、卑わいな姿態等を被写体とした写真又は描写した絵で規則で定めるものが印刷されているもの
(5) ビデオテープ又はビデオディスクであつて、卑わいな姿態等を描写した場面で規則で定めるものが連続して3分を超えるもの。この場合において、当該場面は連続しないが、当該場面に係る音声が連続するときは、当該場面が連続するものとみなす。
(6) ビデオテープ又はビデオディスク(前号に該当するものを除く。)であつて、卑わいな姿態等を描写した場面で規則で定めるものが合わせて3分を超えるもの。ただし、当該ビデオテープ又はビデオディスクの内容が主として視聴者の好色的興味に訴えるものでないと認められる場合における当該ビデオテープ又はビデオディスクを除く。
3 何人も、青少年に対し、有害図書等の販売等をしてはならない。

桐乃の所有物の中には(2)の卑わいな姿態等を被写体とした写真又は描写した絵で規則で定めるものを掲載するページの数が20ページ以上あるものやそれに限りなく近く、有害図書等に指定されているものが含まれている可能性があります。
仮に有害図書等が桐乃の所持品の中にあった場合、10条に関する罰則は下記のとおりです。

4 次の各号のいずれかに該当する者は、30万円以下の罰金又は科料に処する。
(1) 第10条第3項の規定に違反した図書等の販売等を業とする者

よって桐乃の父は桐乃ではなく、桐乃に本やゲームを販売した店を相手取って怒るべきでしょう。
終わり。

というのは思考停止な気がするのでもう少し考えてみます。
第3話で話題になったR-18ゲームはソフ倫メディ倫の自主規制に近いものと考えられます。
これは最初に述べたとおり、青少年の健全な育成に悪影響だと考えられるものを一見してわかるようにし、青少年に触れさせないためのものでしょう。

さて、ここでまず出てくる疑問は、これらのゲームは青少年の健全な育成にどのように悪影響を与えるのかです。
以下桐乃の所有しているR-18ゲームはにゃんにゃん表現によって規制されているもので、暴力的表現など他の要因で規制されているものではないとします。

1.十分な知識のない青少年が病気、望まない妊娠などというリスクを知らずににゃんにゃん行為に及んでしまう問題

おそらく性的表現の規制で一番大きい問題がこれではないでしょうか。
統計などを取った情報ではありませんが、自分の感覚では現実の18禁ゲームでは行為から派生する問題についてあまり触れずにゃんにゃん行為にいたる場合も多いです。
病気、望まない妊娠などといったリスクについて、現実に即した知識の提供をしているゲームは少ないのではないでしょうか。

にゃんにゃん行為に付随する病気について描写する18禁ゲームを私は知りませんし、妊娠についても最終的に外にすれば妊娠しないと取れる発言があったりします。
プレイヤーの年齢や学習状況によっては間違った知識を与える原因になりかねません*2

これについては桐乃は成績優秀でネットとも親和性が高いということが一つのポイントかと思います。
桐野が保健体育も問題なく受けていれば性についての知識は問題ないと思われます。
またネットでそういった情報に触れていないとも考えにくいです。
しかし、本来18歳未満がプレイすべきでないとされているゲームをプレイすることを許すとしたら、学校にすべての責任を押し付けるわけにはいきません。
ネットの人々に責任を求めるのも違う気がしますし、そもそも現実的ではないでしょう。
もし桐乃のR-18ゲームのプレイを黙認するなら、家族が性について正しい知識を持っているかチェックし、必要に応じて教える必要があるでしょう。

2.正しい知識を持っていても、特定の情報に頻繁に触れることで価値観が変化する可能性

現在ゲームと暴力性との関係について、条件付きで「関係ある場合もある」という方向に、研究者たちの意見は傾いているようです。

ゲーム研究データインデックス | テレビゲームへの正しい理解を

――暴力性とテレビゲームの関係について見解をお聞かせください。

坂元: 暴力性との関係については、条件付きで「ある場合もある」という方向に、研究者たちの意見は傾いています。ただ、関係があるということを、裁判に勝てるくらいの強い証拠で実証しろと言われても無理です。もちろん、関係がないということを実証するのも無理ですが。

暴力性が高まる条件というのは、まず「暴力が賞賛されている場合」。次に「暴力が正当化されている場合」、これは復讐のために相手を撃つとか、そういう場合ですね。それから「暴力をふるう主人公が魅力的である場合」。これらの条件の特徴は、暴力が肯定されているということです。
暴力シーンの“激しさ”よりも、暴力シーンの“意味付け”のほうが、そこから価値観を学んでしまう危険があるため、影響が大きい(注1)という意見も強いように思われます。

(中略)

(注1)そこから価値観を学んでしまう危険があるため、影響が大きい

これまでは、テレビと暴力性の関係についての研究において、暴力が肯定されるシーンを見ることで欲求不満が解消されて、逆に暴力行為が出なくなるという「カタルシス説」と、暴力を問題解決の有効な手段として認識してしまうなど、価値観を学んでしまう危険があるという「学習説」に二分していた。
現在は、その時の欲求不満が解消されるだけの短期的なカタルシス説より、価値観を学ぶため、長期的な影響がある学習説のほうが、多く支持されている。

暴力行為についての研究を安易ににゃんにゃん行為に置き換えてはいけないと思いますが、にゃんにゃん行為を肯定的に描いたゲームがプレイヤーの価値観を変化させる可能性はあるかと思います。

さて、桐乃のプレイしているゲームは妹の登場するゲームが中心のようです。
具体的な内容はわかりませんが、桐乃の言動からかわいい妹と最終的ににゃんにゃん行為に及ぶゲームだとしましょう。

その場合妹とのにゃんにゃん行為が、愛しているなら仕方ない、といった風肯定的に描かれているか、それともこんなものが許されるわけがない、といった風に否定的に描かれているかで影響度は変わりそうです。

仮に妹とのにゃんにゃん行為が肯定的に描かれている場合、桐乃、京介の価値観に影響を与えることが考えられます。
それが兄弟仲の改善にとどまる場合は問題なさそうですが、にゃんにゃん行為まで及ぶとまたややこしいことになりそうです。
日本の社会通念上近親婚は歓迎されないでしょうし、婚姻届も受理されません。

また最初は妹(兄)から無理矢理関係を持ったが、後に兄(妹)も本当は妹(兄)が好きでそういう関係になりたかった、などといった展開がある場合、それが現実の価値観にも影響があるとすれば、虐待やむりやりなにゃんにゃん行為などに発展する可能性すらあります。

これらの事例は他の兄妹の状況や考え方を聞く機会は少ないと考えられ、入手できる情報も限定的かつ偏ったものになるでしょう。
そのため桐乃と京介の両親は二人の判断力が成人のものと同等になるまで十分な教育と監督が必要なのではないでしょうか。

以上二点を考えてみましたが、R-18ゲームの所持を認めてしまうことに全くリスクがないとはいえません。
劇中の親父が京介を殴るにとどめ、暗にR-18ゲームの所持を認めてしまったのは今後に不安を残すことになるかと思います。

これを機会に、そういったメディアとの触れ方についても家族で理解を深め、教育、監督をしていくことが大切かと思います。

(2013/4/10)
この種の社会通念に関係する話は調べたり考えたりするほどによくわからなくなります。
R-18についてはその後私が調べた限りでは、業界の自主規制であって、法律や条例のわいせつ物や有害図書にあたらず、販売などにも問題はない、といったふうに見えます。

するとこの種の規制は国や地方自治体が推し進めているというより、建前上は青少年の健全な成長のために家族や社会が協力する、といった話に見えてきます*3
ただそもそも健全ってなに? それはある価値観を切り捨ててるだけなんじゃない? みたいにも私は思うのです。

例えば現在は同性愛については社会的には認める方向になっていると感じます。
しかし血縁関係のあるもの同士の恋愛についてはほとんど認められていないと言っていいのではないでしょうか。
この2つには違いはあるのでしょうか? 私にはよくわかりません。

今度アニメ二期が放送される俺の妹がこんなに可愛いわけがないですが、最終巻までアニメ化することが明言されています。

そして現在の最新刊、最終巻一つ前の11巻では桐乃が京介に持っている気持ちについてなかなか踏み込んだ表現がされています。

この血縁関係を好きになることについてはこの中に1人、妹がいる! 放送当時に少し考えました。
常識を見つめなおす物語、この中に1人、妹がいる! - 藤四郎のひつまぶし
ですが私の中ではどうもしっくりくるものを見つけられていません。
結局のところ好き嫌いでしかないのでは? という思いがちらつきます。

まぁこの辺はスッキリした回答が出るものではなく、いつの時代も「こっちのほうが不都合が少ない」「こっちのほうがマシ」ぐらいのものが積み上がっていくのかもしれません。

そんな自分にとって、玉虫色の決着はエンターテイメント的に難しいだろうという俺妹の最終巻、アニメ2期はどんなラストにするか楽しみです。
俺の妹がこんなに可愛いわけがない。 1【完全生産限定版】 [Blu-ray]
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*1:2013/3/27閲覧

*2:得てして興味のわかない学校の事業より、自分の興味のある書籍やビデオ、ゲームで得た知識の方が記憶に残るものです

*3:企業やクリエイターとしては表現の自由やビジネスと社会との摩擦の妥協点、という側面もあるでしょうが