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藤四郎のひつまぶし

プロの素人によるブログ

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キャラたちの原作で見られなかった平和な姿と原作同様の葛藤が描かれた劇場版シュタインズ・ゲート 負荷領域のデジャヴ

劇場版シュタインズ・ゲート 負荷領域のデジャヴを見てきました。
原作ゲーム、TVシリーズを楽しんだファンとして、平和な世界でのキャラたちの生き生きした姿と、原作同様の葛藤、そしてシュタゲ世界への更なる掘り下げがあって実に満足できる映画でした。

心憎いほどのサービスシーン

映画の序盤でまず観客を迎えてくれるのは、笑えてニヤニヤできるラボメンたちのやりとりでした。
岡部については原作ゲームやTVシリーズでの鳳凰院凶真の強烈なキャラ、大げさな言動はそのまま。
さすがの傍若無人っぷりにラボメンが振り回されっぱなし…かと思えばそのハリボテっぽさもバンバン出てきます。
映画館が岡部劇場になったかのようでした。

序盤で特に印象的だったのは、紅莉栖と表面上はお互い素直に気持ちを伝え合うことが出来ないところ。
ただいつまでもそんな不自然さが続くかというと…。
平和な世界だからこそ見られるそんな日常は、岡部と紅莉栖にとっても、観客にとっても最高のご褒美だと思います。

本編から1年が経過していることもあって、原作で触れられた未来のラボメンの姿へ繋がれるいくつかの描写や、キャラの意外な一面もたのしめます。
ゲームやテレビの序盤の日常よりも絆が深まり、メンバーも増えたラボメンたちの日常は平和ながら鮮烈です。

ゲームとアニメでは岡部を中心としているラボメンの人間関係上、全員揃ってという場面は意外と少なかったように記憶しています。
劇場版だとほぼ全員でにぎやかに過ごしている場面も印象的でした。

岡部倫太郎という男の存在感

鳳凰院凶真というキャラは狂気のマッドサイエンティストであり、大仰で人を小馬鹿にするウザいキャラです。
その仮面の下の岡部倫太郎は人一番仲間思いで優しい男であり、強い精神力を持つ男です。
日常の行動のイタさも、異常な環境での心の痛さも受け入れつつ前に進める男といえるのではないでしょうか。

今回、そんな岡部の存在が消えてしまうという危機を迎えます。

岡部が消えてしまって改めて分かるのはその存在感の大きさ。
そして名実ともにラボの中心は岡部だったという事です。
彼のいないラボ、彼を覚えていないラボメンというのはこんなにも大きな空白を感じてしまうのかと思わざるを得ません。

序盤の賑やかさ、楽しさもあって、岡部がいたころに戻りたいという気持ちをかきたてます。

デジャヴあるいはリフレイン、変奏曲から見える牧瀬紅莉栖

本作はタイトルのとおり、デジャヴがキーワードの一つになります。
全くの新しい物語なのですが、ところどころ既視感を感じることも多いです。

既視感を感じる理由は岡部倫太郎が原作ゲーム、TVシリーズで繰り返してきたことに似た状況を体験するからです。
原作ゲーム、TVシリーズは岡部の立場で物語を見て来ましたが、本作はそれをひっくり返してラボメン側から見ていく、あるいは紅莉栖が岡部に似た立場で体験してくというテイストを持っています。

しかし本作は原作ゲーム、TVシリーズと同じ事を繰り返しているわけでもありません。
岡部と紅莉栖は違う人です。
似た状況に立たされても、違う考えのもと、違う選択をすることもあります。
特によく分かるのはタイムリープのときです。
原作の紅莉栖の性格、考えからするとタイムリープの理由付けはかなり難しいと思ったのですが、実に上手い「言い訳」が出てきます。

本作では彼女が行う選択を通じて、原作ゲーム、TVシリーズで理解したつもりになっていた紅莉栖という女性を、建前だけでなく本音までより深く知ることが出来ると思います。

原作ファンならばぜひ見て欲しい映画

劇場版シュタインズゲートは、原作を別の角度からさらに掘り下げた作品になっていると思います。
そしてTVシリーズ2クール分のエッセンスを2時間程度の映画にギュッと濃縮しているとも感じました。

ただやはりこの映画を見てから原作ゲーム、TVシリーズを体験するより、原作ゲーム、TVシリーズを体験してから本作の平和な序盤を見てほしいかな、という気持ちは出てしまうところです。

逆にそれらを体験してきた原作ファンにはぜひとも見て欲しい映画でした。

「 劇場版 STEINS;GATE 負荷領域のデジャヴ 」 主題歌 「 あなたの選んだこの時を 」
「 劇場版 STEINS;GATE 負荷領域のデジャヴ 」 主題歌 「 あなたの選んだこの時を 」