藤四郎のひつまぶし

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お宅の間で力を増している自民族中心主義

現在お宅の中で自民族中心主義が力を増している。

例えば『絵師』という言葉。
もともと本や映像受信機と専用機器を使って画面上で行う遊戯などの挿絵、人物画や背景画を書く人は『イラストレーター』と呼ばれることが多かった。
それがここ最近は『絵師』という言葉に代替されることが増えてきた。

産経新聞社が主催を務め、外務省、経済産業省観光庁が後援をしている行事でも絵師という言葉が用いられている。
絵師100人展 はてなブックマーク - 絵師100人展
このことからも『絵師』という言葉が浸透してきつつあることがわかる。

その本質は英語をなるべく避けようという風潮だろう。

自民族中心主義はなにも英語を日本語に置き換えているだけではない。
例えば『歌い手』という言葉がある。
歌を歌う人は長年『歌手』と呼ばれることが多かった。
しかし最近は『歌い手』という言葉を見る、聞く機会が明らかに増えている。

これはおそらく中国語でも使われている漢字だけではなく、日本独特の文字、ひらがなを使いたいという意思が関わっている。
おそらく前述の『絵師』も『描き手」などと言い換えられていくのではないか。

その他にも最近良く目にする、耳にする言葉に『神』という言葉がある。
歌や絵、あるいは動画などで品質が高いものに触れ、感嘆した際に使われる言葉だ。
『神』は感嘆を表す表現として単体で用いられるだけではなく、感嘆の対象作品、作り手、作成方法に対しても使われる。
神曲』、『神絵師』、『神調教』などなど。

このような『神』の使い方は『神』は唯一絶対のものという考えではなく、万物に神が宿るという考えの方がしっくり来る。
つまり日本の神道が源泉であると考えていいだろう。

このように現在お宅の中で自民族中心主義が力を増しているのだ。

私はなにもそれを積極的に批判しようというつもりはない。
だが自民族中心主義のみに邁進することは、他の国、文化圏と友好的に付き合うにしても警戒するにしてもマイナスになってしまう。

相手と友好関係を深めるためには、相手のことを知らなければならないのは言うまでもない。
だが敵対関係、警戒すべき状況であっても、相手を深く知ることで無用な争いを避けられる。
万が一なんらかの問題を武力で解決しなければならないときでも、相手の行動理念や文化、目的を正確に理解することで泥沼の戦いに足を踏み入れる可能性を下げることができるだろう。

自民族中心主義も良いが、他の国の文化に直接触れる機会を持っても良いのではないか。
例えばその第一歩として、中国と日本の共同制作であり、実写コーナーで各国の列車事情がわかる『トレインヒーロー』に触れてみてはどうだろうなどと思うのだ。