藤四郎のひつまぶし

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再掲:魔法少女まどか☆マギカ関連の過去記事


※本記事はジャムミックス!で2011/4/21、4/23、9/12、2012/2/12に投稿した記事を修正・追記・再編集したものです。

(2011/4/21、最終回直前)
魔法少女まどか☆マギカが21日木曜深夜に11話、12話が放送されるということで
ハッピーエンドに向けた展開を考えてみます。

ほむらから見たハッピーエンド

ほむらのベストなハッピーエンドへの条件は「まどかを契約させずにワルプルギスの夜を倒すこと」。
倒したあともまどかを契約させない、といった条件もあるでしょうが、基本これが最大のハードルでしょう。

おそらくこのハードルを越えるのは無理です。
9話でキュゥべえは「もちろん一人では勝ち目なんてない。この街を守るためにはまどかが魔法少女になるしかないわけだ」と言っています。
キュゥべえは人をだましはしますが、明らかなウソはつかないと思います。
少なくともキュゥべえのわかる範囲=ここまで視聴者にも明らかになっている範囲ではほむらが一人でワルプルギスの夜を倒すのは不可能に思えます。

なのでベターなハッピーエンドへランクを下げると、「まどかを契約させない」ってところに落ち着くと思います。
つまりワルプルギスの夜を倒すことをあきらめて、街を見捨ててまどかをつれてどこかへ移り住む、などというお話です。

ほむらは10話のループ4回目ではまどかを契約させずにワルプルギスの夜を一人で倒そうとしていました。
しかしこれはまどかが契約してしまったため失敗してしまいました。
何も知らなければまどかはワルプルギスの夜を倒すため、契約して魔法少女になってしまいそうです。

ですが今回はまどかが契約するといずれ魔女になってしまうことを知っています。
ワルプルギスの夜を倒すためにまどかが躊躇なしに契約をする、という事態は避けられそうです。
街を捨てて二人で逃避行をするというのもなくはありません。
なくはありませんが、これが視聴者にとってもハッピーエンドなの? という一抹の疑問はよぎります。

なのでほむらのハッピーエンドの条件を変更するシナリオを考えます。
「まどかを契約させない」という条件は最初から確固たるものではありませんでした。
10話3回目のループで「キュゥべえに騙される前のバカな私を…助けてあげてくれないかな」とまどかに言われたからこそほむらはそう決意したのでしょう。

「私たち、このまま二人で、怪物になって…こんな世界、何もかもメチャクチャにしちゃおっか?」とその直前に言っていたほむらです。
キュゥべえに騙される前のバカな」まどかの言葉では不可能でしょうが、魔法少女と魔女の仕組みを知った今のまどかの言葉ならば、ほむらを変える可能性はあります。

自分としてはループ三回目のまどかの言葉はほむらを過去に閉じ込める呪いのようなものだと思っているので、そこからほむらが開放される、って意味ならこのエンドはありかなーとは思います。

ですが視聴者からは「諦めんなよ」「どうしてそこでやめるんだ!そこで!」「お前、昔を思い出せよ!」とか言われそうな気もします。

まどかから見たハッピーエンド

まどかのハッピーエンドの条件はかなり漠然としていています。
3話を見る限りだと「誰かの役にたてるんだって胸を張って生きていけたら」勝ちだと思われます。
10話の3回目ループで「魔女にはなりたくない」と言っているあたり、世界を壊してまで生きたくはないようです。
また3話のマミの死にショックを受けて契約をためらうところを見ると、命を賭してまで「誰かの役にた」とうとまでは覚悟をしていないようです。
おそらく9話の時点でも。

なのでリスクが(ほとんど)ないという条件下で「誰かの役にたてるんだって胸を張って生きていけたら」一番よさそうです。

さて、9話時点でまどかはほむらとキュゥべえ以外の魔法少女に関係する登場人物をすべて失いました。
自分の観測範囲でマミ、さやか、杏子を失ったまどかが、何事もなかったように「誰かの役にたてるんだって胸を張って生きてい」くのは難しそうです。
なので三人の死を無駄にしない、あるいは克服するという大きな決断が必要になると思います。

三人を生き返らせるといった願いをかなえる

三人を生き返らせれば、その後の魔女化をどうにかできればおそらく物理的には一番ハッピーなものになりそうです。
ただ魔女化を防ぐには、10話ループ3回目のように、ほむらに殺してもらうといったまどかの死も免れないような気はします。

後だし設定で覆せる気もしますが、それをやると俺らのシマじゃ人死にとかノーカンだから。完。となるわけで、果たして視聴者は納得できるかなーって気はします。
そこを上手くやれればとてもいい金曜の朝を迎えられそうです。

後悔したりうじうじするのをやめて、同じような悲劇を起こさないための行動をする

おそらくこの辺に落ち着くんじゃないかなーと思います。
契約して魔法少女になるかならないかはわかりませんが、なんらかの方法でキュゥべえにノルマを達成してもらうか、キュゥべえの行動理念を変えることで魔法少女システムを終了させるって流れです。

ただ9話でキュゥべえを「私たちの敵なんだね」と判断している以上、こちらのルートには入らないかなーって気もします。

というわけで個人的予想としてはまどかが母ちゃんか父ちゃんに相談して、ほむらと決別してキュゥべえルート突入!という最終回を予想します。
あー最終回楽しみだなー。

(2011/4/23 最終回放送直後)

キュゥべえとの共存!これが見たかった!

個人的には6話でキュゥべえが人間の感情を「わけがわからないよ」といったところから、まどマギディスコミュニケーションの物語だ! って一気に面白くなりました。
ですが7,8,9と話が進むにつれキュゥべえと人間との和解エンドはないかな…と思っていました。
人間を理解することを放棄したキュゥべえに、キュゥべえを敵として認識したほむら、まどかという構図がはっきりしてしまったからです。

ところがぎっちょん、最終話ではキュゥべえの目的も行動原理もそのままで、魔法少女から魔女への変化時のエネルギー発生という現象を取り除くことで、人間とキュゥべえ共存を実現しました。
ほむらとキュゥべえの利害関係のみには見えない関係にはにやりとしてしまいます。

魔獣というあらたなディスコミュニケーションの要素は出てきたものの、そこは魔法少女「まどか」☆マギカ内で語らなければならない要素ではないでしょう。

終わらない連鎖の終わりと救済

まどかが契約して願いをかなえたとき、世界中の魔法少女ソウルジェムを壊しまくったときは最初「こいつかわいい顔してやりやがった!」と思ったのですが、魔法少女を魔女にならないようにする、という部分に重点が置かれていたんですね。
さしずめその人が一番美しい時に、それ以上醜くなる前に殺すといったところでしょうか。

魔法少女の希望が魔女の呪いに変化し、その魔女をとめるために戦った魔法少女の希望はまた呪いに…という連鎖は止められました。

そのかわり魔獣という存在が生まれたので、世界から呪いがなくなったわけではありません。
でもまぁちっとはましな世界にはなったと思います。

そしてほむらも繰り返しの時間から解放されたと思います。
解放されたのは最終話Cパート。
キュゥべえと街で魔獣と戦ったときのほむらは白い翼を持っていました。
Cパートでは白い翼はさまざまな色が混ざってにごっていました。
おそらくソウルジェムに穢れが溜まった状態、それもかなり限界近くなのでしょう。

まどかが契約したとき、魔女になろうとしていた幾多の魔法少女たちはまどかが迎えに来て救済されながらその一生を終えました。
限界を迎えたさやかも上条の演奏を聞きながら、まどかに迎えられて最後を迎えました。
そしてAパートラストのまどかの言葉。
「いつかまた、もう一度ほむらちゃんに会えるから」
なぜ一度かといえば、ほむらが限界を迎える時のはほむらが力尽きるときの一度きりだから。
だからCパートで限界を迎えたほむらはまどかの声が聞こえるし、うれしそうにちょっと笑うわけです。

まぁ、あくまで私の解釈ですが。

さわやかな力技、終わりではなく始まり。スタドラとの共通点

まどかの途方もない力を使って世界を改変してしまうのは、正直なんでもありすぎて物語をチープにしているようにも感じました。
また11話冒頭のほむらの言葉が、詢子母ちゃんの言葉に真正面から立ち向かえるほどの力があったのか? っていう疑問もあります。

しかし個人的にはキュゥべえとの新たな関係や新しい世界のシステム、ほむらの救済などがそれらを補ってあまりある魅力を持っていました。
このへんは数々の謎をぶん投げて、タクトの物語としての一区切りに全力を傾けたタクトと同じ潔さを感じました。

またスタドラ最終回がタクトたちの新たなスタートラインだったのに対して、異形の世界として始まった魔法少女まどか☆マギカは最終回で魔法少女のスタートラインに立ったと考えてもいいのかな、なんて思います。

というわけで魔法少女まどか☆マギカは満足のいく最終回でした。
あとは夏にあるであろう特別編、読売まどかVS横浜ミルキィ〜今日は七夕!一度っきりの夢の出会い〜が楽しみで仕方がありません。

(2011/9/12)

ブログ更新のリハビリがてらにまどか☆マギカについて。

まどか☆マギカに対する自分のスタンスはかなり揺れ動いていて、それだけ気になっている作品なのですが、まだ現在進行形でスタンスを決めかねているので、ここに記します。
まずは放送前から放送終了直後までのスタンスの移り変わりをば。

放送前のなんじゃこりゃ感

事前情報で監督:新房昭之、脚本:虚淵玄、キャラデザ:蒼樹うめというスタッフを知った第一印象は「なにこれ?」でした。
新房昭之×虚淵玄も、新房昭之×蒼樹うめも結構想像がつく(特に後者は)のに、この2つを組み合わせるととたんになにが出来るのかわからなくなったのです。
まぁ虚淵玄脚本で可愛い魔法少女というのは「ははは、ご冗談を」という感じだったので、9割方ハードな物語が来るだろうけど、もしかしたら、もしかしたら…なんて期待もあった放送前でした。

1話視聴後のやっぱりいつも虚淵さんですよね! 感

冒頭からいかつい雰囲気で、いつもの虚淵先生だ!と思ったのが一話。
牢獄みたいな学校や、食事をするタツヤが口元を汚しているところなんかにもビンビンに嫌な雰囲気を感じていました。
今になって思えばこのへんは関係なかったですが。

3話のマミさん死亡騒ぎと冷める自分

関西最速という放送形態、当時は見ていた2chまとめサイトのおかげでマミさんが衝撃的な死に方を! みたいな情報を事前にキャッチしていたわけです。
そしてどんなすごい展開なんだろう…とワクワクして見てたら丁寧に死亡フラグを積み上げてていや、ふつーじゃん、となりました。
みんな魔法少女というタイトルに引きずられていたのでしょうか?
当時は虚淵先生の知名度ってそんなでもなかったのでしょうか?

この「周りが盛り上がってたのでワクワクして見たら意外と普通」ってのは自分にとってアニメを一番つまらなく見る方法の一つでもあったので、かなりきつかったです。
ただ2,3話のマミさんのマスケット銃を使った戦闘シーンは絵的に派手でとても楽しかったことを覚えています。

6話から判明していくキュゥべえのスタンスに大興奮!

自分のまどマギ熱がヒートしたのは多分このへん。
ここでまどマギのテーマを「考え方や目的が違う他者と共存関係を構築すること」と勝手に決めました。
その後次々と明らかになるキュゥべえの考え方や目的に「どうすんだよこれ…」と思いながら視聴していきます。

10話がとても面白かった&当然だよね感

10話にしてほむらの過去が明らかになりますが、ここまでほむらに思わせぶりの言動させて溜めに溜めたから当然面白くなるよね、面白くならないとおかしいよね、となんかひねた感想になってしまいました。

そりゃほむらの過去は知りたいけど、ここで入るの?
それよりもワルプルギスの夜をどう乗り越えるかが興味あるよ!って気持ちが強かったような。

これは放送間隔が空いてしまったから、というアクシデントのせいもありますが。

とても納得行く終着点とひっかかりを覚える展開

ED前のほむらとキュゥべえの新しい関係を見て、自分の注目するテーマはほぼ理想とも思える形で達成されるも、引っ掛かりがないこともない最終回でした。

とここまでがスタンスの変遷でこの先が現時点でむにゃむにゃしているところ。

結局まどかを動かしたのは何だったのか?

これに尽きるのです。ラストにまどかを動かしたものがまだ消化できていない。

ほむらを最初に助けたときに一方的に神様に祀り上げられて、その後因果を着々と積み上げられて逃げられなくなるようにされたのに、あたかもまどかが自分の意志で救世主になると決めたようになってね?って疑問です。
10話でも最初にまどかが魔法少女になった時の願いはわからないままだし、それ以外のループでもまどかの願い・目的はわかりません。

例えばまどかの夢がケーキ屋さんだったり、小説家だったとしたら果たしてあのエンドに納得がいったのかなぁというのがあります。

まぁ逆に目的が空っぽだったまどかに崇高な目的を与えたほむら、そのほむらを救済したまどか、というお互いを補完しあういい関係ですね!
とも言えるのかもしれませんが。

詢子かあちゃんとは何だったのか

さやかと杏子が敵対関係となった時、まどかは純子に相談したのですが、
11話〜最終話ではアドバイスはもらわないでさっさと神になってしまわれました。

ここは最初に相談して物事決めたらヒデー結果になったから次回は自分で決めるわ、ということなのかもしれません。
ですがそうならばこの相談自体が必要だったのかなーと。

大人でも間違ったアドバイスはするよとか、決断するのは自分自身なんだ!とか、自分に自信がなかった当初に比べ、いろいろあって成長したラストでは自分で決められるようになったんだよ!とかいろいろ解釈の仕方はあるかもしません。
ですが前述のまどかのモチベーションがどこから来るのか問題もあって、この辺はとてもぼやけて感じてしまうのです。

それとも世界の改変について、子供だけじゃなくて一応大人の承認(まどマギの場合は決定権の移譲という形だけど)も必要という形式を取るためだったのでしょうか。

魔法少女」について

この作品の話をするときに「魔法少女」という言葉をベースに語るものを時々見かけます。
例えば異色の魔法少女もの、みたいな語られ方。
そういうのを見るたびに、魔法少女のパーツを分解、置き換えていって、どこまで魔法少女として認識されるかの限界に挑戦していた同じクールの作品、これはゾンビですか?のことをもっと注目したらどうかなーと思うのです。あとRio

(2012/2/12)
自分の観測範囲で魔法少女まどか☆マギカのキャラについて
ちょっとヒートが感じられて心揺さぶられたので書き書き。

具体的に参照したのはこのへんの記事。
なんで、さやかの十六茶だけ売れ残ってるんだろ? - シロクマの屑籠

※他2つ記事があったがブログが閉鎖・プライベートモードになっていたので削除。

といっても各記事を読み込んでの感想ではなく、もっと限りなく浅い、『え、魔法少女まどか☆マギカって「キャラ」人気あったんだ』って部分について。

自分としてはまどかはストーリーと構成とテーマが面白かったアニメでした。
キャラについては物語のためのキャラって印象が強くて、感情移入とかそっち方面には心が動かなかったなと思います。
これには関西先行かつ話題作のためネタバレ食らいまくったりしててやや冷静に見てたこともあるかもしれないのですが。

個別の話をするとマミさんは3話が既にネタバレ食らってた関係で、ジェイソンに最初に襲われる枠としか見られなくなってしまい、さやかはまどかと一緒にマミさんショックで再起不能とおもいきやいきなり変身しててふぇぇ?ってなり、杏子はさやかへの入れ込み方にいまいちついていけなくなり、ほむらはまどかへの意志の強さに付け入る隙間がなく、まどかは結局最後まで何をしたいのかわからなかった。
ってな感じだったような気がするけどなにぶん一年前なので記憶が曖昧です。

なのでキャラへの思い入れってのが発生するアニメだったんだなーと今更ながらに思うわけです。

とは言うものの普通に考えれば作品のファンが多ければ登場人物が好きな人も多いよねっつー話しですし、アニメの関連商品となればストーリーを売ることもできないのでキャラが中心になるだろうからテレビ放送終了後はキャラの話題が増えるだろうしってのは、同じようにキャラ以外の魅力、ストーリーや散りばめられた謎がファンを増やしたと思われるエヴァでもそうだったように思うのでそうなのでしょう。

しかしまどかの時期ではISもかなり話題になっていたはずで、むしろキャラとしてはこっちの方が強かったような気もするのですが、ISのプラモデルの話とかキャラグッズの話は私の観測範囲ではあまり話題になってないというかこれ多分オレの観測範囲の問題やわ!
オレの観測範囲がキャラよりストーリーとかそっちによってるからISがあんまり話題になってないように思えるんだ!
だから逆にまどか☆マギカだったり、ピングドラムだったり、Rioだったりのキャラ以外で勝負できるアニメであっても、キャラ関係の情報がいっぱい入ってくるんだ!

という風に疑問が解決できてよかったです。

(2013/5/22)
オリジナル展開の劇場版の上映が控えていたりと、まどマギの世界はまだまだ終わらなそうですね。
虚淵玄さんはこの後も原作を手がけたFate/Zeroがアニメ化されたり、PSYCHO-PASS翠星のガルガンティアにシリーズ構成や脚本で参加しています。

それも注目を浴びることが多く、すっかり売れっ子になられたイメージです。

これ以外にも虚淵さんが所属するNitroplusがガッチリ噛んだ東映の映画、楽園追放が予定されていたり、としばらくフィーバーは続きそうな気がします。
『楽園追放 -Expelled From Paradise-』 Original Cinema Project はてなブックマーク - 『楽園追放 -Expelled From Paradise-』 Original Cinema Project