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藤四郎のひつまぶし

プロの素人によるブログ

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翠星のガルガンティア9話でエスカレートする価値観の相違と融和の可能性


翠星のガルガンティア9話では人類銀河同盟の成り立ちとヒディアーズの誕生の経緯が描かれました。
実に衝撃的な展開でした。
と同時に、異なる価値観とどう接していくかというテーマがどこまでいくかますます気になる展開とも感じました。

翠星のガルガンティアでは、姿はほとんど同じでも、異なる価値観、常識、文化、生活様式を持つ人類銀河同盟のレドとガルガンティア船団の乗組員とのふれあいが描かれてきました。
お互いを人間と認識できる存在同士であっても、出会って最初のうちは全く違う文化と価値観に戸惑っていました。
それでもなんとかお互いを大切に思うくらいまでの関係を築き上げてきたところ、9話でEvolverと呼ばれるさらに価値観の違いのある人々の描写が入って来ました。

現代の倫理観では、環境に適応するために人の姿を捨てるというEvolverの価値観に忌避感を感じる人も多いことかと思います。
私も地球に住めなくなり、生きるためには過酷な環境に適応しなければならないとしても、人の形を捨てて自発進化していく存在になりたいかと聞かれれば躊躇します。
作中の多くの人々の視点も同様で、Evolverたちの行動を非人道的だと判断しました。

ただ少なくとも本編の映像では共生体への志願者とその家族もこの進化を好意的に受け止めています。

オケアノス/「翠星のガルガンティア」製作委員会『翠星のガルガンティア』9話

共生体になったあとのライアン・マツモトは表情があまり変化しないため心中をうかがうことはできませんが、同じく共生体になったElaine Matsumoto(イレーヌ? エレイン?)は笑顔を浮かべているような姿も見えました。

オケアノス/「翠星のガルガンティア」製作委員会『翠星のガルガンティア』9話

Evolverの勧誘用資料ということで実態とはかけ離れた編集をされている可能性はあるのですが、完全な創作でなければ望んで人の形を捨てる人もある程度いたことは事実なのでしょう。
そういった価値観も姿形も違う人々とどのように向き合っていくかが今後のテーマになってくるんじゃないでしょうか。

思い返してみれば、彼らがこれまで自分から攻撃をしてきた姿は明確には描かれていないようにも思います。
1話は人類銀河同盟の奇襲攻撃であり、7話でもレドがクジライカに攻撃を仕掛けるまでは攻撃的でなかったようにも見えます。
そして9話ではコンチネンタルユニオン側からEvolverに攻撃を仕掛けています。
こういったところを見る限り、彼らの攻撃は自衛のための攻撃のようにも見えます。
これはガルガンティア船団が武装している意味に通じるところがあります。

彼らとのコミュニケーションは不可能と判断するのも、もしかしたら早計なのかも知れません。
ディアーズやクジライカと人類銀河同盟やガルガンティアの人々がコミュニケーションをとった気配はありません。
ですが9話の映像で所長と思わしき共生体の演説が聞き取れることから、少なくとも初期のころは共生体になっても人間に分かる形でのコミュニケーションはできていたと考えられます。
言語でのコミュニケーションに限らなければ、人と共生体がスキンシップでのコミュニケーションをしています。
レドとガルガンティアの人々も最初言語でのコミュニケーションができませんでしたが、レドが言葉を覚え、少しずつ交流を深めてきました。
これと同様に人と共生体の間でのコミュニケーションが、場合によっては言語を使った交流すら目指してもおかしくないと思います。

この他に未だ人類銀河同盟に所属しているチェインバーに対して、現実的に人類銀河同盟に合流できないと判断している*1レドとの間で意見が対立するなど、レドを取り巻く環境も、レド自身の価値観も変化しています。
果たして最後にどのような結末を迎えるのか本当に楽しみなアニメです。

ちなみに9話の脚本を手がけた海法紀光さんはNitroplusから販売されている翠星のガルガンティア少年と巨人という小説も手がけていらっしゃいます。
レドが兵士になるまでを描いている作品です。
人類銀河同盟の自分たちやヒディアーズ=Evolverへの認識に始まり、人類銀河同盟の社会システムや洗脳ちっくな教育とその効果も感じられる小説になっています。
興味のある人は読むとより深くガルガンティアの世界を知ることができるでしょう。

翠星のガルガンティア 少年と巨人|ニトロプラス Nitroplus

翠星のガルガンティア Blu-ray BOX 1
翠星のガルガンティア Blu-ray BOX 1

*1:ように見える