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藤四郎のひつまぶし

プロの素人によるブログ

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現実ツエーアニメ『惡の華』


一昔前、主人公とヒロインの恋愛関係の変化が世界の危機といったものに直結している作品をセカイ系なんて呼ぶことが流行った時代があったみたいです。

セカイ系 - Wikipedia

惡の華を見ていてこのセカイ系なる言葉を思い出しました。
と言っても惡の華セカイ系の作品だって話ではありません。
むしろ逆に惡の華は個人の世界に激震が走っても現実世界はビクともせず、むしろ現実世界に対しての個人の世界の小ささ、力の無さを見せつけてくる作品だなぁと思ったのです。

惡の華の主人公、ボードレールの詩集をこよなく愛し、他の有象無象と違って自分は特別だと思っている中学生春日は、私にとって共感できる主人公でした。
ああ、中学生のころは春日のように自分は特別だと思ってたなぁと。

そんな春日は作中で幾つかの反社会的な行為をします。
女の子の体操着を盗んだり、教室をめちゃくちゃにしたり、女の子と2人で自転車に乗って街を飛び出そうとしたり、自分の部屋をめちゃくちゃにしたり。
そういった行為に至るまでの春日の心境はじっくりとどんよりと時間を取って描かれます。
春日にとってのそれらの行為は日常を激変させるとてつもない行動だったはずです。

そんな春日の中での行為の重要度に対し、その行為に対する現実世界の反応はかなり鈍いものに見えます。
教室を滅茶苦茶にした次の日の学校の反応は、変化の少ない街に一時的な話題を提供したぐらいのものに見えました。
街を飛び出そうとして警察に連れ戻された春日たちは、1ヶ月後には少なくとも表面上は何事もなかったかのような生活に戻っていました。
春日の内面に抱えたものの大きさや、行動に及んだ時の世界が変わった、世界が終わった感に対して、現実世界はそんなもんたいしたことないよ、という反応をしているように見えるのです。

春日の心の中で渦巻くものの大きさに対して、春日の行為自体がしょぼく見える場面もいくつかありました。
春日が部屋に飾ってあったボードレールの写真立てを叩き割る場面なんかもそうです。
些細な優越感に浸るために部屋に飾っていたと思われるボードレールの写真を春日が叩き割りたくなるのはそれまでの自分からの決別という趣を感じます。
しかしその叩き割っている春日の姿をちょっと引いたカメラを通して見てみると、その行動が一気にしょぼく、滑稽に見えてしまうのです。

押見修造講談社/「惡の華」製作委員会『惡の華』11話

お前にとっては一大事かもしれないけど、実際起こったのは写真立てが一つ壊れただけだよね、みたいな。

この春日の気持ちの大きさと行為の重要性に対して、現実世界の反応はそれほどでもない、っていうのが惡の華の世界の現実ツエーなーという印象を私に抱かせました。

アニメでは第一部完という形で終わりましたが、最終話で垣間見えた未来ではさらに春日の行為がエスカレートしているようでした。
果たして春日の行為に対して現実世界はどんな反応を返すんでしょうか。
やはり鈍いままなのか、それとも現実世界も激変するような反応が返ってくるのかかなり気になるところです。
なので1巻で止まってた原作マンガも読み進めたいなぁとアニメを見終わって思うのでした。
惡の華 (8) (講談社コミックス)
惡の華 (8) (講談社コミックス)