藤四郎のひつまぶし

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劇場版モーレツ宇宙海賊を味わい尽くすために

劇場版モーレツ宇宙海賊亜空の深淵がとてもおもしろかったのと、劇場版をみて不満がある人と話したってのがあったので、自分なりにいくつか気になる部分についてメモ書きを残しておこうと思う。

ルパン三世っぽさあるな~

パンフレットでは佐藤竜雄監督が冒険小説の宝島について触れていた。
自分としては見終わっての最初の感想は、ルパン三世っぽさあるな、ってものだった。

自分のルパン三世のイメージは、作品ごとのゲストヒロインにルパン一味が関わり、敵の妨害を受けながらもお宝を探す、ってもの。
ルパン(とその一味)はある意味キャラとしては完成していてブレない。そして物語の主役として、人間として成長していったりドラマを紡いだりというイメージはほとんどない。
むしろ成長だとか、ドラマだとかはゲストヒロイン、あるいは敵が繰り広げられるものだと思っている。

で、劇場版モーレツ宇宙海賊はまさにそれ。
弁天丸船長の加藤茉莉香をはじめ、弁天丸クルー、白凰女学院ヨット部メンバーといったキャラたちはTVシリーズでだいたいキャラが完成していて、劇場版ではブレていないイメージがある。
そこにゲストヒロインとして無限彼方が登場し、作中で変化・成長し、彼中心にドラマが紡がれていく。

とまぁ類似点は感じるんだけど、全然違う点も多い。

一番大きいのは主人公の置かれている環境。
ルパン一味は基本非合法な上に、ICPOの腕利き刑事である銭形警部に追われ続けているというハンディキャップがある。

それに対し茉莉香たちは一部怪しい仕事も請け負うが、基本は政府公認で保険屋らのサポートがある。
おまけに歴史ある王族、大手企業の社長とは深い親交があり、さらには船の操縦、電子戦、白兵戦、その他もろもろの腕利きのクルー、学友がそろっている。

それもあって劇場版モーパイはぎりぎりの状況のスリルやサスペンスを味わうというよりは、強大な敵にどう立ち向かうか、あるいは彼方の父親、無限博士の残したものはなんなのか、といった部分のワクワクを楽しむ、って部分が大きい。

決断と楽しむこと、そして仲間

ワクワクとも関わってくるんだけど、モーパイは基本楽しそうにしているキャラが多い。
状況にしっかり向き合いながらも、深刻になりすぎず楽しもうとしているからなのかな。

例えば茉莉香は弁天丸船長という他の人にはできない仕事を任されつつも、高校生活を犠牲にしているといった素振りを全然見せない。
グリューエルや映画では出てないけどジェニーも、王族や大企業の一族というプレッシャーに潰されることなく、むしろ利用して好きなことをやっているというイメージが強い。

この劇場版では彼方の変化で決断と楽しむことの関係がより強調されていた。
偉大な父を持つがゆえに、その息子として見られることを厭い、残された遺産から目をそむけていた序盤。
茉莉香と出会い、父から残された海賊船の船長という役職を自分から進んでこなしている姿をみたり、ヨット部の仲間たちと触れ合ったりするうちに、もともと自分の持っていた気持ちだとか夢だとかを思い出す中盤。
そして父親が最後に成そうとしていたこと、見ようとしていた景色を確かめようと決断し、見事それを成し遂げる終盤。
そんな風にとても鮮やかに変化が描かれていった。

あと決断することについては周りのサポートも大きかったんだなぁとも思った。
そもそも茉莉香一人じゃ船なんて乗りこなせない。
でもオデット二世にはヨット部の仲間、弁天丸にはクルーがいるおかげでやっていける。

これは亜空ダイバーという一見一人っきりでやるような仕事でもそうなんだろう。
あの無限博士にも仲間がいたし、その写真は大事にとってあったし。
一人で思いつめていた彼方だったけど、茉莉香やヨット部のメンバー、そしてグリュンヒルデといった仲間と触れ合い、影響を受けたりサポートをもらったりしたからこそ、最後に至る決断ができたのかなと思う。

似たもの同士のグリュンヒルデと彼方

グリュンヒルデはセーフハウスで彼方と二人っきりになったとき、自分もひねくれているけど、あなたも相当だ、的なことを言っていた。
グリュンヒルデの背景には鏡。自分と彼方がお互いを映す鏡だという表現にも取れる気がする。
グリュンヒルデの言葉が象徴するように、あるいは鏡という道具から伺えるように、グリュンヒルデはこの映画の影のもう一人の主役だったように思う。

結構想像の部分が多くなるけど、彼方が偉大な父にどこか劣等感を感じていたように、グリュンヒルデも姉であるグリューエルに劣等感を感じていたんだと思う。

鷹揚な態度を基本とし、時々発揮する悪戯心を隠さず、至らない部分は素直に認められるグリューエル。
そこには自分というものに対する確固たる自信を感じる。

一方のグリュンヒルデはいつも気を張っており、隙を見せないようにしている印象があり、どこか弱さ、儚さを感じてしまう。
そんなグリュンヒルデの性格形成に大きな影響を与えてきたのは姉のグリューエルじゃないだろうか。

TVシリーズでも王族という自分の立場を失うことを厭わないグリューエルに対し、グリュンヒルデは現状維持を唱えるし、その後の白凰女学院への転入、ヨット部入部もグリューエルに追いつこうとしての行動ともとれなくもない。

劇場版中盤でフリントの謎解きが終わった後、外のベンチでグリューエルがグリュンヒルデにお互いできることをしよう的なことを言う場面がある。
これは姉に追いつこうとする妹が、無限彼方という姉とは少し違う性格、生き方をしている人物に興味を持っているのを見て、やんわりと自分と同じ行動をとる必要はないと言っていたような気がする。

そこからグリューエルはイグドラシルから茉莉香を守ることに注力し、グリュンヒルデはヨット部に戻り、オデットⅡ世に乗り込み、最終的にXポイントを開放した彼方を見つけることにつながっていく。
そのオデットⅡ世に乗り込むきっかけになるのも、グリュンヒルデの茉莉香と彼方をみてるだけでいられるほど自分は強くない*1といった発言。
あの場面ではヨット部が今後のストーリーにどう絡むか、って部分に焦点はあった気がする。
だけど弱みを見せまいとしていたグリュンヒルデが、自分の弱さを吐露した場面でもあった気がする。

すまん、最初にモーパイはゲストキャラが成長とドラマを受け持っているって言ったがありゃウソだ。
グリュンヒルデもわかりづらいかもしれないけど成長していると思うし、静かなドラマがある。

とまぁグリュンヒルデにとっては自分と似た肉親への劣等感を持っていたがそこから解き放たれ、自分の気持ちと向きあっていく彼方はかなり気になるキャラだったんだと思う。
人間としても、恋愛対象としても。

けどその彼方は茉莉香の無防備な色気にやられてるんだよなぁ。

無限博士と彼方が求めたもの決断できなかったスカーレット・サイファ

本作で顔の見える敵として出てきた大物キャラは、戦艦の偽船長とスカーレットの2人になると思う。
そのうちスカーレットは無限博士のダイバー仲間という因縁まで持っているので、実質最大の敵とも言えるだろう。
そのスカーレットは本作でおそらく唯一と言っていい「決断できなかった」キャラだと思う。

彼女はクライマックスで亜空間にさらに深く潜ろうとする彼方を追おうとする。
だけど自らが搭乗するフラウウェンの安全装置が作動して強制浮上させられてしまう。

この時、お客様の安全のために浮上しますといった説明が出てくる。
スカーレットの決死の思いを見せておきながら「お客様」と部外者であることをまざまざと示し、決断の機会すら与えずに浮上してしまうのはすごく残酷だなぁと思った。

でもこれはもしかしたら彼女がもともと亜空ダイバーの道を進むという決断が出来なかった、あるいは他の生き方をすると決めてしまったからなのかなぁ、などとも思った。
無限博士の遺産を狙う理由を、イグドラシルに雇われたから、って自分以外の意志に任せてしまってたりね*2

彼女は亜空間から浮上していく時、彼方に向けて同じね、と言ったように聞こえた。
そうだとすると、彼女は亜空の先だけを追い求めていた無限博士とも、似たような別れをしたのかな、なんて思う。

無限博士はスカーレットのことを確か、はねっかえりとか呼んでたように思う。
その呼び方だと年下の娘って認識で、恋愛感情などはこれっぽっちもなかったんじゃなかろうか。
んでスカーレットは無限博士の夢を追い続けるところはもちろん好きだったんだけど、それだけじゃなくて無限博士自信も好き、というか愛していたんじゃないかなーとか。
だから自分を見てくれない無限博士と一緒には亜空の先に夢を見たりできなくなって、みたいな。

そんな想像をするのは彼方くんも自分が見ようとしているもの、つまり茉莉香や父の遺産しか見てなくて、自分を見ている人、つまりグリュンヒルデを全然見てねーように感じるからだよ!
おめー最後グリュンヒルデが見つけてなかったら死んでたかもしんねーんだからな? その前にグリュンヒルデがチアキちゃんを説得しなかったらそもそもオデット二世はきてくんなかったし、グリュンヒルデがセーフハウスから連れ出してくれなかったらヨット部におめーの席ねぇから!

いやでも劇場版の茉莉香はめちゃくちゃお姉さんだったからね。仕方ないね。

茉莉香と梨理香さんの大人っぽさ

映画のビジュアル面で一番印象的だったのは茉莉香と梨理香さんがすげーお姉さんだったこと。
彼方の視点が多かったからなのかもしれないけど、TV版からすると、え、こんなに茉莉香ってお姉さんだったっけ!? と衝撃的な場面が結構あった。
実際TVシリーズを見返すとすげー子供っぽくてびっくりする。

あと梨理香さんの色香も半端ない。焼け落ちた自宅でいつものように普段着で平然とコーヒーを飲んでいるように見えて、腰から足元にかけて銃火器がてんこ盛りなんて姿には惚れ惚れするしかない。
実際梨理香さんに養って欲しい。
梨理香さんに養ってもらった茉莉香が羨ましいぜ…。

ちょっと余談だけど、1月スタートアニメにはお姉ちゃんが来たの水原一香という過干渉振り回し系の義姉と、ウィッチクラフトワークスの火々里綾火という過保護溺愛系年上そうで年上でない、ちょっと年上っぽい系同級生と、個人的にぐっとくるお姉さんがメインキャラで2人もいる。
そこに茉莉香が加わってくるとは本当に素晴らしい季節を生きていると思っている。

かつてとある30代のネオ・ジオン総帥は言った。
ララァ=スンは私の母になってくれるかも知れなかった女性だ」

ララァ・スンというのは当時20歳のシャアが見出した17歳の少女。
つまりいい年した大人であっても、例え相手が年下であっても、女性に優しくしてほしいと男が思うのは仕方のないこと、いや、むしろ当然のことと言える。

とあるところでは火々里さんが年上でないことに不満が出ていたりもするから*3、年齢、あるいは年齢差を気にする人もいるのかもしれない。

だけどお姉さんかどうかに年齢など関係ない。お姉さんはそれだけでお姉さんであり、お姉さんであるからこそお姉さんなのだ。これを専門用語でオトートロジーと呼ぶ。

後の世代に可能性を託す

無限博士の真意がそうだったけど、モーパイは未来の世代のために、ってのをさらりと、ナチュラルに描くなぁと思う。

梨理香さんは茉莉香のために海賊をやめたっぽいのに、自分の人生をかけた子供なんだから自分の望む理想の子供に、みたいな教育ママ的雰囲気は微塵も感じられない。
ヨット部で言えばジェニーや茉莉花はオデット二世を後の部員のために大切に扱おうとする。

無限博士だって、自分が夢をかなえられなかったら息子に叶えて欲しい、みたいに言いそうなもんだけど、あくまで彼方に可能性の一つを与えるってスタンスだし。
まぁ世俗に疎いからか、彼方には相当迷惑かかってたけどね。

茉莉花が母親を梨理香さんって読んだり、ヨット部が個々の自主性を重んじる雰囲気があったりするし、弁天丸クルーもわりとビジネスライクな雰囲気もあるから、モーパイはあんまり伝統って言葉が似合う作品だとは思わない。
だけどそもそも作中だと海賊船自体が伝統の産物だし、白凰女学院やセレニティ王家も伝統ある名門なわけで、だからこそ、この雰囲気はちょっと不思議で心地よい。

自分も結構いい年なんだから、そんな伝統の良い部分は保ちつつ、でも強制にはならないように後の世代に残していけたらなぁなんてのも、微かに思ったりしたのでしたとさ。まる。

*1:うろ覚え。もっとひねくれた言い回しだったかも…

*2:彼方の選択にも興味がある、って言ってたけど

*3:今週のお姉ちゃんチェック - 全姉連 総本部