読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

藤四郎のひつまぶし

プロの素人によるブログ

お気に入り+このサイトの新着記事

ひと目でわかる

最新話は結構進んじゃってるけど、やっと未確認で進行形を見始めた。
そんでちょっといいなと思った表現をメモ。

道に迷った時の表現

f:id:alphabate:20140323213803p:plain
荒井チェリー一迅社・未確認で進行形製作委員会『未確認で進行形』5話

白夜と真白の母、三峰白雪が道に迷った時の表現。
標識がたくさんあるが、白雪の進む方向の道路はほとんど写っていない。
この絵からは、どこに進めばよいかさっぱりわからない。

料理が出来ない表現

f:id:alphabate:20140323213815p:plain
荒井チェリー一迅社・未確認で進行形製作委員会『未確認で進行形』5話

白雪が白夜たちの母とわかりフリーズしてしまった小紅に代わり、料理ができない紅緒がコーヒーを出そうとするシーン。
ポットにコーヒー豆をそのまま入れている。
おぼろげにはコーヒーの淹れ方を知ってはいるが、実際に淹れたことはないとわかる。

シンプルな事柄はシンプルに理解したい

2つの表現とも、状況がひと目でわかる。
そうすると脳のリソースを話の流れを理解することにではなく、登場キャラの気持ちを想像することや、キャラを愛でることに振り分けられる。

もちろんいつでも分かりやすければいいってわけでもない。
思わせぶりな表現で興味を引くのが大切な場面だってあるだろうし、時には分かりにくさが必要な場面もある。
極論を言えばミステリー作品で決定的証拠が最初から全てわかりやすく提示されていたら、それはミステリーでなくなってしまうだろうし。
ミステリーだったら、最初はさり気なく、捜査・推理段階では違和感を感じる程度、解決編ではわかりやすく、と表現のわかりやすさを変えていくことも有効・必要だろう。

でも今回のような、道に迷った、料理が苦手、といったシンプルな事柄は、シンプルに理解したい。
もし長々とやるのであれば、それなりの独自性――エピソードの奇抜さや前例のなさ――があってほしいというのが僕の希望。

そういう意味でこの未確認で進行形の表現は過不足なくすっと理解できたなーと思った。