藤四郎のひつまぶし

プロの素人によるブログ

『アクタージュ act-age』の大人たちのやり方についてのメモ

マツキタツヤ・宇佐崎しろ『アクタージュ act-age【7】』(週刊少年ジャンプ)P23
アクタージュ act-age(以下アクタージュ)は週間少年ジャンプに連載されている『天才女優と鬼才監督の出会いから始まる、1本の映画を巡るアクターストーリー』だ*1
当然登場するキャラの多くは芸能人、役者、監督や演出家といった表現者や芸能プロダクションの社長、プロデューサーたち。自分の持つテレビや舞台の向こう側のイメージそのままかあるいはそれ以上に、イカれた言動をするキャラも多い。

ただこの作品、大人たちは結構共通した特徴を持ってるんじゃないかと思う。
それが役者、特に若者たちを大切にしようとする言動だ。

冒頭の7巻の一幕はそれをめちゃくちゃ感じた場面だ。
女性側の元役者の芸能プロダクション社長、星アリサは自分自身が演技にのめり込み過ぎて心を壊してしまった経験から、同じような兆候を感じた主人公の夜凪景の身を案じて助言をしている。
それに対して男性側、自分の作品の主演を探していた映画監督の黒山墨字も夜凪景の身を案じることを当然のことだと自覚している。

作品のことを一番大切にし、常識といったものを無視する言動も多い黒山。その彼が作品と同じかそれ以上に役者のことをしっかり考えてるのかもしれない、ってのがここから受けた個人的印象だった。

ここに限らず、この作品はストーリーに大きく関わる大人たちは役者、特に若者を大事にしている印象を与えてくる。

例えば一番最初の長編エピソード、デスアイランド編の監督、手塚由紀治。
この監督は映画をビジネスと割り切って、適当に流して作ってたりするように見える。ただそれと同時に、危険性を認識しつつも役者の希望に応え、最大限安全にも配慮して危険な撮影に挑む役者本位の感覚を持っているようにも見える。

マツキタツヤ・宇佐崎しろ『アクタージュ act-age【3】』(週刊少年ジャンプ)P54
マツキタツヤ・宇佐崎しろ『アクタージュ act-age【3】』(週刊少年ジャンプ)P55
マツキタツヤ・宇佐崎しろ『アクタージュ act-age【3】』(週刊少年ジャンプ)P59
マツキタツヤ・宇佐崎しろ『アクタージュ act-age【3】』(週刊少年ジャンプ)P116

2つ目の長編エピソードはもっと直接的だ。このエピソードのキーパーソンの一人は劇団天球を率いる演出家、巌裕次郎
彼の役者を救い、育て、一人でも生きていけるようにしてやりたいと思いが全編に渡って描かれることになる。

マツキタツヤ・宇佐崎しろ『アクタージュ act-age【6】』(週刊少年ジャンプ)P158
マツキタツヤ・宇佐崎しろ『アクタージュ act-age【6】』(週刊少年ジャンプ)P159
マツキタツヤ・宇佐崎しろ『アクタージュ act-age【5】』(週刊少年ジャンプ)P131

冒頭の2人も含め、ストーリーに大きく関わる大人が役者を使い捨ての道具とみなすのではなく、一人の人間として向かい合う。
そういう姿勢がイカれた行動をしがちなキャラの多いこの作品に一種の安心感を与えているのかなと思う。

また、もしかしたら最新コミックス11巻で展開されている羅刹女編で垣間見える、夜凪の父親の家族に対する冷たく見える仕打ちなどにも繋がってくるのかななどとも思う。

【MTGA】19年12月ミシック到達デッキ ラクドスナイツ

今月も滑り込みでミシックに到達。

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最後に使っていたのはラクドスナイツ。

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https://mtg-decklistviewer.netlify.com/

4 血の墓所 (RNA) 245
4 熱烈な勇者 (ELD) 124
4 黒槍の模範 (ELD) 79
7 山 (ANA) 59
8 沼 (ANA) 58
4 試合場 (ELD) 248
4 漆黒軍の騎士 (M20) 105
2 穢れ沼の騎士 (ELD) 90
4 誓いを立てた騎士 (ELD) 98
1 ロークスワイン城 (ELD) 241
2 恋に落ちた剣士 (ELD) 105
4 ドリルビット (RNA) 73
4 嵐拳の聖戦士 (ELD) 203
2 砕骨の巨人 (ELD) 115
4 エンバレスの宝剣 (ELD) 120
2 残忍な騎士 (ELD) 97

サイドボード
1 軍団の最期 (M20) 106
2 害悪な掌握 (M20) 110
2 残忍な騎士 (ELD) 97
2 真夜中の死神 (GRN) 77
1 興行 // 叩打 (RNA) 222
1 夜の騎兵 (M20) 94
2 壮大な破滅 (ELD) 85
3 エンバレスの盾割り (ELD) 122
1 砕骨の巨人 (ELD) 115
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一般的なデッキとちょっと違うところ

一般的なラクドスナイツだと朽ちゆくレギサウルスが使われてることが多いけど、ディスカード後にインスタントタイミングで除去されるのが我慢ならないので誓いを立てた騎士に変更。

火力などのダメージ系のスペルではほとんど除去されないのは両方とも変わらないけど、ダメージ軽減のおかげで絆魂で回復されない、接死で死なない、ジェスカイファイアなどの裁きの一撃で死なないのが誓いを立てた騎士のメリット。
逆にレギサウルスは宝剣と2枚で大体勝てる、ジェスカイファイアのデカブツとも単体で渡り合えるのがメリットか。

騎士が増えているのとディスカードシナジーがなくなったので、どぶ骨の代わりに恋に落ちた騎士(と穢れ沼の騎士)を入れて暇な時や最後のひと押しにドレインをするようになっている。
総じてカードアドバンテージを失いにくくなり、ライフゲイン手段や接死持ちが増えたマイルド目のデッキ。

そういう部分もあって、サイド後は勇者、宝剣あたりを減らして除去、出来事を入れてカードアドバンテージで勝つことも多い。
エンチャントだけは勘弁な!

プレイング

宝剣を絡めてブン回ればどんなデッキにも勝つ可能性がある爆発力を持ちながら、結構プレイングで違いが出てくるデッキでもあると思っている。

特に漆黒軍の騎士がいて3マナ出せるときに、パンプするか、追加のクリーチャーを出すか、それとも構えるかあたりで違いが出てくると思う。

自分のプレイングとしては、クラリオンの可能性があればタフ3以下は出さずに漆黒軍をパンプ出来るようマナを残す、時の一掃がありそうなら自ターンでパンプしてダメージを増やしつつ被害を減らす、インスタント除去、特に踏みつけ等の火力がありそうならこちらからパンプはしないといったプレイが多い。

ドリルビッドは出来れば致命的なスペルが出てくる1ターン前に打ちたい。
逆に言えば次のターン驚異が出てこなそうなときはクリーチャーの展開を優先して、できるだけライフを削りたい。

今後

ボロスフェザーやらいろいろデッキを作ってみたけど、回していて楽しくて勝率も悪くないのはこのラクドスナイツになりそう。
エルドレイン環境も終盤でデッキも出尽くした感があるので、MTGAはちょこちょこイベントをこなしながらこのデッキを回してることが多そう。

天気の子

最序盤はこの作品エンタメしないかもとやや不安だった

本編で帆高も何度も似たようなこと言ってたけど、やはり天気が晴れてるだけで気持ちが前向きになるわけで、逆に曇りや雨だとどうしても暗い雰囲気になってしまう。
本作は天気が雨、さらに東京、特に新宿の路地裏や夜の商売といった暗いところが舞台になっていることが多い。
本作の情報をほとんど仕入れてなかったのもあって、最序盤はすげー陰鬱な作品になるかもとちょっと不安になった。
まぁ杞憂だったけど

ライター仕事、お天気ビジネスのワクワク感

帆高がK&Aプランニングで働いている姿、陽菜と凪と一緒にお天気ビジネスをやっている姿がすげー楽しそうでよかった。
君の名は。で主人公二人が入れ替わってる時と同じく、劇中歌が流れる中での日々の経過の描写だったけど、やはり歌ってのはこちらのテンションをかなり左右するファクターなんだなと再認識。
あと君の名は。だとこのミュージックビデオ的な流れの中で主人公二人が惹かれ合ってたことがイマイチピンと来なかったのに対し、今回はそういう劇中とこちらの感情の齟齬があまりなかったなーという印象。
劇中歌+日々の経過のシーンでもセリフが入ってたりするところもその手助けになってたのかなとか思った。

クライマックスの満身創痍感とここは俺に任せて先にいけ

物語序盤からのネカフェ暮らしだったり、危ない仕事だったり、拳銃の不法所持だったりのどん底感が、クライマックスの警察に追われ、有刺鉄線で血を流し、くっそ長い距離を走り続けてからのラストの廃ビルのシーンでの満身創痍感に繋がっているように感じられて好み。
そのどん底の状況で、K&Aプランニングの二人と凪くんこと先輩が入れ代わり立ち代わり帆高を助けてくれるのはグッとくる。
君の名は。でも村のみんなを避難させるのに勅使河原やらの協力を得ていたから、仲間の協力ってのが本作の特徴ってわけではないはずなんだけど、なんか印象的に感じた。なぜだろう?

お前が世の中に期待してないように、世の中もお前に期待してないよ

ラスト前、須賀さんが世の中はもともと狂ってると言って、東京が水没したのは帆高の責任ではないと説く。
それは帆高への優しさとも取れるけど、そのままの意味とも思えるし、自分としてはそのまま受け取るのがしっくりくる。
実際お天気ビジネスの初回のフリマの依頼もビジネスをたたむきっかけの一つだった花火大会の依頼も、他に手もないしダメ元、験担ぎでしかないというのが強調されてる。
終盤の帆高も何も与えず、何も奪わないでと世の中にはただただ放っておいてくれと言う。

そういう部分から、この作品はある意味世界と帆高たちの隔絶を描いたドライな作品だとも言えるのかなとか思う。

情報の刈り込み方が好き

帆高の家出の原因となる家族と島の閉塞感や、陽菜が晴れ女となるきっかけといっていいだろう母親の死といったものですら、作中で詳細には語られない。
実際そこがなくても本筋で疑問符が浮かんだりはしないんだけど、帆高と陽菜(と凪)は疑似家族みたいな関係を築くわけで、その対比にもなりそうな部分をバッサリ切り捨てるのはすげーなと思う(単に時間が足りないだけかもしれんけど)。
もしかしたらその情報を捨てることで、帆高の捜索願とか陽菜がどうして凪との二人暮らしを続けられたのかとかの疑問を抱かせないようにしてるのかもなーとか。

空の魚の話もそれっぽい解説が気象を研究してる人(?)の取材とかで出てたけど、結局作中で確定版みたいな解説がなかったり、K&Aプランニングが多分圭介&明日香プランニングなんだろうなと匂わせたり、本筋を追うときに引っかからない範囲でこっちの妄想を広げる余地があるのは好み。

この辺、君の名は。だと口噛み酒が入れ替わりのキーになってたりの、本筋に関係する部分で説明不足のために疑問符が湧いてちょっと感情移入を阻害される部分があったので、今回の情報の刈り込み方のほうが好みだった。

クッソ役に立たないヤフー知恵袋

作中でヤフー知恵袋が実名でポンコツっぷりをさらけ出してるんだけど、許可とっておいて割とボロクソの扱いをするの冷静に考えるとすげーなと。
作品として今の日本、東京の描写としてああなるのはよく分かるんだけど、Yahoo JAPANで許可出した人はあれで知恵袋の宣伝になると思ったのだろうか?
あるいは逆にうちのサービスはあんな感じなんで過度な期待をされても困りますよー的なエクスキューズ?
冷静に考えるとすげーなと思った。

面白かったです。

最近はアニメよりもMTGやマンガを楽しんでる時間が多くて、天気の子も友人に誘われなかったら行ってなかったかもしれないってぐらいの注目度だったんだけど、やはり新海監督作品の背景、光の表現ってのはめちゃくちゃ魅力的で、そんで主人公の誰かを強く思うことの表現はぐっとくるなと再認識した。
今東京にあんな期待を抱いてやってくる高校生がいるかとか、なんで母親が死んで中学生と小学生が一人暮らしを1年間続けられたのかとか、そもそも人柱とかの設定どうなってるんだとか、多分突っつけばわさわさ埃も出てきそうなんだけど、そんな部分には目を瞑って浸れる魅力がこの作品にはあったなあというのが最終的な感想です。はい。

ガンダムNT

  • ストーリー、というか奇跡の子どもたち3人の過去と思いが戦闘シーンとリンクしているのが良い。
  • ナラティブガンダムの装備がゴテゴテしてたものからどんどん簡素なものになっていくのと同時にキャラの過去が開示されてくのはわかりやすい
  • 戦闘シーンの興奮度自体は最初のディジェでの強襲、ナラティブのA装備での戦闘がピークだった気がする。戦闘シーン目当てなら冒頭23分でよいのでは?


  • というかその後の戦闘はストーリー、キャラの心情を追う気持ちのほうが強くて戦闘シーンはそれを補助するものみたいな印象。

以下ネタバレあり

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のんのんびよりばけーしょんの旅先での日常

のんのんびよりの劇場版を見てきた。
見終わった直後はちょっと不思議な心持ちだった。

感想としては「テレビシリーズと同じくらい面白かったな」って感じだろうか?

途中でため息をつきたくなるようなこともなく、しかし手に汗握ったり、前に乗り出して見ようとしたりすることもない。
「普通に面白かった」。

なんかもやもやしているうちに、この映画が、TVシリーズで田舎の日常を描いているように、旅先であってもあくまで日常を描こうとしてたのかなという所に思い至った。

本作の主要登場人物の一人、れんげはテレビシリーズと同じく独特の感性を発揮している。
その感性の一片が、夏休みに書き溜めてきた絵に沖縄の景色を見せて、そして沖縄で書いた絵に今度は自分の村の景色を見せるという行動に見える。
その行動には沖縄が特別だという意識は感じられず、むしろ自分の村にとって沖縄は遠く、沖縄にとっても自分の村は遠いという対等・並列の意識が見える。

夏海と映画オリジナルキャラのあおいの関係も対等のように思える。
最初こそ民宿のお手伝いさんとお客さんという関係だったけれど、1日目夜のバドミントン壁打ちという秘密の共有からぐっと距離が近づき、2日目夜には他の子供たちへの敬語も取れて普通の友達のようになる。
そして3日目には子どもたちがあおいのお手伝いをすることで、あおいを加えた1日終日自由行動を手にする。

島の案内という名目で行ったところはあおいの学校。そこで子どもたちが一緒にやったのは……バドミントン。
マジ日常である。

2日目、大人たち主導のシュノーケルとカヤックのような、沖縄という特別な空間を楽しむために一秒たりとも時間を無駄にしない、といった行動ではない。
あおいの日常に夏海たちがお邪魔してきた、あるいはあおいが自分の日常を紹介しているというのがしっくりくる。

いや、実際は村に帰ったら「あおいと」バドミントンはできないからこれも特別なのかもしれない。
そもそもテレビシリーズも田舎の日常ではあったが、それと同時に特別でもあったとれんげとほのかの出会いと別れのエピソードを思い出してしまう。

沖縄到着初日。れんげは民宿までの道すがら、牛を発見してここも田舎なの?と問う。
のんのんびよりは映画館で劇場版が公開されても、田舎であり、日常であり、それでいて特別だった。

それと同時になぜ沖縄まで来てバドミントン? が第一印象の自分には、もはや子供のころの感性は遠くなったのかな、などと一抹の寂しさも感じるのだった。

視聴者・読者と類似性が高い異性キャラ

ハイスコアガールのアニメ4話で出てきた二人目のヒロインの日高が、一人目のヒロイン大野と同じく狙いすましてるなーと思ったのでメモ。

最初にうっすらと思ったのが俺の妹がこんなに可愛いわけがないの桐乃、続いて僕は友達が少ないの夜空あたりだろうか。
それぞれオタク、ぼっちという特性がキャラの大きな特徴になってる。
この特徴、視聴者や読者も持っていて、それが作品やキャラの人気の一要因だったではないかと思うのだ。
心理学的にいえば、類似性とか呼ばれるやつ。態度や価値観が似ている人に対しては、好感度が高くなるという。
思えば涼宮ハルヒもフィクションが好きな男子の内面を反映したヒロインな気がする。

戻ってハイスコアガールの話だ。一人目のヒロインの大野は、ゲームが上手く、喧嘩っ早く、ハルオの家にあるゲームをするために遊びに来る。
自分が小学校のころの自分だったり、周りにいた友達だったりによく似ている*1

そんな大野の次に出てきたヒロインが日高。こちらはゲームを後ろで見ているのが好き(+ゲームの飲み込みが早く、センスが良い?)といったふう。
現在、プロのゲーマーの大会、ゲーム実況やリアルタイムアタックなどを「プレイする」ではなく「視聴する」というコンテンツが成り立っている。
自分がガキのころも他人のゲームプレイを後ろから見るのもそれはそれで楽しいものだった*2

ちょっと前に2期が放送されたNEW GAME!!という作品で、登場人物全員男説なんてのがあった。
さもありなんという感じである。自分に趣味や思考や境遇が近ければ近いだけ、魅力は上がるのだ。

ただ多分ボディラインは異性の特徴があった方が魅力的な気がする。男の視聴者・読者であれば、ゴツゴツした筋肉質の異性キャラより、柔らかそうなキャラの方が一般的には人気が出やすいのではないか?
あくまで精神的・行動的なところが似ていて、身体的特徴は異性。そういったキャラが人気が出やすいのではないかなぁと、二連続で狙いすましたかのように自分と属性が近いキャラが出てきたハイスコアガールを見て思うのだった。

*1:女であることを除いて。当時女友達はいなかった

*2:そのあと自分で買ってプレイすることも多いのだが

はねバド!の伏線回収と設定変更の話

7月からアニメが放送スタートするはねバド!。
この作品、ちょくちょく絵柄の変わり様が話題になる。
コミックの表紙だけ見てもなかなかの変わり様。
はねバド!(1) (アフタヌーンコミックス)はねバド!(5) (アフタヌーンコミックス)
※同一人物です

絵柄だけじゃなくて作風も結構変わっていく。
序盤はお色気シーンや女の子同士の緩めなシーンが割と多め。
それが回を重ねるにつれて、それぞれのキャラのバドミントンやライバルたちへの向き合い方を掘り下げていくシーンが増える。
もちろん試合も激しさを増していく。

そんな絵柄、ストーリーに加えて、設定もしれっと変わっていたりする。

例えば主人公格の一人、荒垣なぎさは1巻時点では2年のインターハイに出場しており、全日本ジュニアで優勝候補だったのが、
*1

1年経たないうちに全国では無名の選手になっていたりする。
*2

またスポーツ記者の松川さんは主人公の綾乃について、
当初最初友人から聞いたことがある話に似ていると言ったり、
名前も知らないといったやや距離のある反応だったのが、
*3
*4

後々綾野の母の有千夏が出てきたあたりからは、結婚式にも出席し、
子供についての話もちょくちょく聞いていてと、
名前に心当たりがないのには違和感のある関係になっている。

じゃあこのこの作品は、初期の設定は捨て去って黒歴史にしてるかというと、
たとえばこの辺のシーンは似たセリフが何度かリフレインされたり、いい場面で使われたりする
*5

*6

*7

つまるところ、筆者は後々の布石として伏線になりうるものを撒き、使いながらも、
展開を盛り上げるためならそれらにこだわらずあっさり変える方針なのかなと思う。

はねバド!は、絵柄、ストーリー、設定など作品を構成しているもの全てについて、
一貫性にこだわらないことが一貫している作品だ、なんてことが言えるんじゃなかろうか。

*1:濱田浩輔『はねバド!(1)』(good!アフタヌーン)P11

*2:濱田浩輔『はねバド!(10)』(good!アフタヌーン)P12

*3:濱田浩輔『はねバド!(1)』(good!アフタヌーン)P171

*4:濱田浩輔『はねバド!(2)』(good!アフタヌーン)P9

*5:濱田浩輔『はねバド!(2)』(good!アフタヌーン)P133

*6:濱田浩輔『はねバド!(1)』(good!アフタヌーン)P14

*7:濱田浩輔『はねバド!(2)』(good!アフタヌーン)P136