藤四郎のひつまぶし

プロの素人によるブログ

シン・エヴァンゲリオン劇場版:||

ネタバレありで。あと追記部分でシュタインズ・ゲートのネタバレがある。

隙のないところでこのレベルの自分語りを

終盤ゲンドウから始まる怒涛の自分語りに笑った。
戦闘シーンに挟まってくるインパクトやヤリ関連の解説は必要な説明のようで特に知りたいことの説明になってない、いいから結論だけ簡潔に話せってものが多かった。
その反動か自分(やおそらく他の観客も)が知りたいこと、聞きたいことがここの自分語り連発部分にだいぶ詰まってた印象。
この構成は物語として、映画としてどうなんだと思った。
内容としてもゲンドウ関連は90点は固いなと思っていたテストの答え合わせで、実際90点だったなという印象。

ただゲンドウ(を初めとしたキャラたち)がなんのために動いていたか知りたいというシンジのスタンスと自分がピッタリシンクロするんで、満足度が高かったシーンでもある。
直前の親子エヴァンゲリオンバトルも含めて王道という感じで安心して見ていられた。
あとお茶の間エヴァンゲリオンバトルあたりも笑えて好き。

このシンジくんへのケアをQでやっとけよ!

物語序盤の無気力シンジくんへのトウジやケンスケの対応はめっちゃ気が利いているなぁという印象。
物資や割ける時間の関係もあるのだろうけど、最低限の様子見と食料のもと、じっくり時間をかけて立ち直る時間を与えるのは対応として正解っぽいなぁと。
そしてその態度がトウジやケンスケが大人になったことをひしひしと伝えてくるのもいい。
シンジが自分から行動するようになってから世間話や昔話をしていくのもメンタルがやられたシンジに対してはありがたかったろうなと。

なぜこの対応がQでできなかったのか!
結局ヴンダーのクルーは良くも悪くもニアサードの頃をそのまま継続していて余裕もないんだろうな。
立ち直ったシンジくんがヴィレというか旧ネルフメンバーとは必要最低限のやりとりながら大きな摩擦なくやれてるところを見ると特にそう思う。
つーか鈴原妹もそうだがヴィレにコミュ障多すぎィ! コミュ障でないとヴィレではやっていけないのか?

誰かのために

加持の目的の一つが種の保存で、そのためのブンダーといった加持関係の話はらしいなぁという印象。
人類は多大なものを失った感のあったQではなく、それでも生き残った人たちは子供たちと未来に進んでいる感のある本作でそれが明かされるのも作中の雰囲気にあってる。

トウジの医者エピソードなど今作クローズアップされたやつらが自分のやること、やりたいことが他者のためって奴らが多く、第3村の綾波への優しい対応などからも人の温かみを感じた。
そうやって余裕が出てくるとヴィレメンバーもなんだかんだシンジに対して厳しい態度一辺倒でないところがわかってくるのもいい。

普通に面白かった

細かい部分でサプライズはあったものの、シンジとゲンドウの親子関係の決着、Qで出てなかったトウジやケンスケの現在、
各キャラの目的などがだいたい描写されて、立ち直ってからのシンジがストレスなく見ていられて、普通に面白かったという感想。
0破のときの物語がどんどん変化していく興奮も、Qのときのイライラもなく、
どん底まで落ちた主人公の再起とだいたいの謎の解決、そして希望のある結末までを描いた王道の作品だったなという感想

3/16追記

やっぱ考えれば考えるほど終盤の展開ヤバイな。
自分がやってしまったことから逃げずに受け入れて前に進む
→最終的に過去改変してやってしまったことがなかったことになる
どう考えてもおかしい。

この辺、過去改変モノだとシュタゲはうまかったなという印象。
まずストレートに過去を改変していくのではなく、一度改変した過去をなかったことにしていくという流れ。
それで最後に残った改変がなかったことにしていく過程で親交を深めた牧瀬紅莉栖の死。

牧瀬紅莉栖の死については「なかったことにする」のではなく、「世界を騙す」と言い換え、
「牧瀬紅莉栖が血溜まりに倒れているところを見た岡部倫太郎」という部分は変えないよう回りくどい手順でもって改変する。

これには一貫性がある。シン劇場版はめちゃくちゃ。

とまぁシン劇場版はゴミカスうんちっちな結末なわけなんだけど、これでも満足しちゃったんだよなぁ。